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第十話 子別れの儀式と新たなる門出
九月――。ついに、育ててきた稲荷狐たちの親離れの時期がやってきた。
今や、一番小柄だった柘黄も、立派な成獣である。恭に頼らないと生きていけないような、幼く頼りない姿は、もうそこにはない。しかし、当の四匹はまだ子供気分で、相変わらず恭に餌をねだったり、甘えたりし続けていた。
でも……。いつまでも、このままじゃいけない。
恭は部屋のカレンダーを見つめ、拳を握りしめる。
野生のキツネには、一人前になった子供を、豹変した母親が襲って引き離す『子別れの儀式』というものがあるらしい。これを機に、子ギツネは生まれ育った土地を離れ、方々へと散らばっていくそうだ。
一見、異常にも思えるこの行動だが、考えてみれば当然の帰結である。というのも、母親にとって、自分の縄張りに大きくなった子供たちを居座らせることは、餌や巣穴や恋の相手といった様々な資源を奪われる危険と隣り合わせだからだ。
愛すべき子供が脅威となるライバルに成長した時、母親の心の中には激しい葛藤が生じるに違いない。劇的な子別れの儀式は、その発露だと考えられるだろう。
もっとも、恭の場合は、直接的に稲荷狐の子たちと資源を奪い合うような関係にはない。しかし、日本陰陽師協会からの資金援助が今月で打ち切られ、また就職活動を再開しなければいけないと思うと、いつまでも稲荷狐の面倒を見ている余裕はなかった。それに、若狐たちの自立を促すためにも、どこかでけじめはつけるべきだろう。
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