ペアウォッチ 後編

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ペアウォッチ 後編

 〈徹平〉   秋人と蓮と別れて、俺たちは再びペアウォッチを眺める。 「で、あれどう? さっき徹平がかっけーって言ったやつ」 「うんっ! あれいいなっ」 「じゃあ勝負は俺の勝ちだな」  岳の言葉に一瞬ぽかんとして、ハッとなった。   「…………わ」 「わ?」 「忘れてたぁーーーー……」  うあーっ、と唸りながら頭を抱えてしゃがみこむ。  えーっ、なんで俺忘れてたのっ?!  絶対勝つーって思ってたのにどこで忘れたんだよっ!  もー俺ばかーっ! 「まだ勝負続けるか?」 「……いい。だってあれ、マジかっけーもん」 「じゃあ決めちゃうぞ?」 「うん。やった、ペアウォッチ!」 『ペアウォッチ〜♪ ペアウォッチ♪』  岳が店員さんを呼んで「これ、同じもの二つほしいんですが」と説明してくれる。その間も俺たちはずっと手を繋いだまま。  店員さんは、ものすごいプロフェッショナルだった。 『えっええっ!! この子達男同士で手繋いでるっ?! 嘘でしょ嘘でしょっ!! だからあきれんがあんなに話かけてたんだっ!! 生BLだもんね!! そりゃあきれんもめずらしくて話したくなるよねっ!! いいないいなーっ!!』  心の中は大騒ぎなのに、すました顔で接客をしていて笑ってしまった。  そのとき、蓮の心の声が飛んでくる。 『ずっと手をつないで本当に幸せそうだ。堂々とするってあんな感じなんだな。周りの人たちは二人をどう見てるんだろう。学校では大丈夫なのかな』  他人事とは思えない、と心配してくれていた。 『蓮すげぇ優しい! あきれんって本当最高っ! やべぇめっちゃ大好きになっちゃったっ!』 『蓮さん安心させてあげようか』 『お、いいねっ! じゃあ俺からいくなっ!』 「休み明け楽しみだなっ。また『バカップル』って言われるな、きっとっ」 『…………なんでチョイスそれなんだよ』 「お前、言われたいんだろ」 「うんっ、言われたいっ。最近バカップルって褒め言葉な気がしてきたっ」 「うん、バカだな」 「はぁっ?」  俺たちの会話を聞いて、学校でも公認の仲なのかと蓮が驚いてる。 『本当にすごい。俺たちの理想がここにいる。ずっとあのまま、二人一緒に笑顔で幸せになってほしい……』 『やったっ。俺たち理想だって!』 『……なんか無駄に伝わっただろうな……俺たちのバカップルさが……』 『へへんっ! いいチョイスだったろっ?』 『……皮肉だったんだけど』 『なに? 肉? 肉食いてぇの? 今日は焼肉リクエストするか?』 『違うよ、ばか』 『は? なんだよっ、ばかって!』 『ばかにばかって言っただけだろ』 『はぁっ?!』  心の声で言い合いしていると時計が用意されてきた。  包んでいいかと聞かれたから、「つけていきますっ!」と言ったら岳と声が被って顔を見合わせて笑った。  俺たちの言い合いはそれで終了。ケンカになる前に終了した。 「えっ?! すげぇっ、同じじゃんっ、えーっ!!」  二人でペアウォッチを腕に着けて店を出ようとすると、秋人の声が店内に響いて思わず振り返る。 「すごいね、秋さんっ。同じの選ぶなんてやっぱり俺たちニコイチだねっ」 「なっ! ほんとすげぇなっ! びっくりっ!」 「じゃあこれ買っちゃお? ペアウォッチになるけどいいよね?」 「お互い同じの選んじゃったんだから仕方ねぇよなっ?」 『すげぇっ。どうやって自然にペアウォッチ買おうか悩んでたのに、偶然同じ時計を選ぶって俺らマジですげぇじゃんっ』  と大喜びの秋人と、『秋さんが最後にニマニマしながらジッと見つめてた時計を俺も選んだだけ』『もうこれで偶然のペアウォッチになった。大丈夫』と優しい笑顔の蓮。 『なんか……すごい可愛い二人だな』 『……うん、だな。すげぇ可愛くて、やっぱ俺、すげぇ好きっ!』 『ああ、俺もだ』 『なぁ、俺らのペアウォッチ二人に見せたらさ、きっと秋人がすっげぇ嬉しそうに自分たちのも見せてくれそうじゃね?』 『それいいな。そこのベンチで待ってみるか? 話せるかどうかは分からないけど』 『うんっ! 待ってみよっ!』  店前のベンチに腰を下ろしてあきれんを待ちながら、俺は岳に二人のことを色々と話した。  BLドラマでW主演をしたこと、ライブでニコイチ宣言をしたこと、SNS動画の可愛い二人の話、ネットニュースの記事の話。 『あのドラマが初共演だったはずだから、それが縁だったんだなぁ。すげぇな……』 『きっと、すごい悩んだり葛藤したり……大変だったろうな』 『だよな……すげぇ大変だったろうな……』  ただの高校生の俺らだって色々あったんだ。  芸能人で男同士で……どれだけ大変だったのか想像もつかない。  岳と繋いでる手をぎゅっと握る。  俺たちはいつでも手を繋げるけど、あきれんは繋げないんだよな。 『あ……そういえば、秋人のマンションに蓮が引っ越したってネットニュースになってた』 『そうなんだ。なら家に帰れば自由に会えるのかな』 『そうかも! あっ、もうこっそり一緒に住んでるんじゃね?!』 『……そうか。よかった。想像してたよりもずっと幸せそうだな』 『だなっ!』  店前のギャラリーがキャーキャー騒ぎ出す。  二人が店から出てきたらしい。  これだけ騒がれてたらもう話せないかな……。  そう思っていたら、あきれんが俺たちに気づいてくれた。  話せなくてもペアウォッチは見せたいな。  そう思って、岳と一緒にペアウォッチを着けた腕を並べて二人に見せた。  すると、秋人が嬉しそうにこちらにやってくる。  ギャラリーは二人を邪魔することなくちゃんと道を開けていた。 「すげぇいいじゃんっ! カッコイイな!」  さっきちょっと話しただけの俺たちに、もうずっと知り合いだったかのように気さくに話しかけてくれる秋人にジンとした。 「俺たちもさ、偶然ペアウォッチになったんだっ!」  秋人と蓮も俺たち真似てペアウォッチを並べて見せてくれる。 『まさか本当に偶然のペアウォッチになると思わなかったっ。すげぇ嬉しいっ。やべぇ嬉しすぎるっ。早くみんなに自慢したいっ』  すごく喜んでる秋人が本当に可愛い。本当は偶然じゃないってことは、蓮と俺たちだけの秘密。 「お二人に似合っててカッコイイです」 「うんっ、すげぇかっけーっ! てか高そーっ!」  「ま、ちょっと奮発しちゃったかな」 『結婚指輪の代わりみたいなもんだしな……』  秋人が照れたように首をかく。  結婚指輪の代わりっ!  結婚したいな、じゃなくて、もう二人は結婚したも同然なんだっ!  すげぇすげぇめっちゃすげぇ! 『興奮しすぎだ。また失敗するぞ』 『う、き、気ぃつける』  そのとき、蓮の心が流れてきた。 『本当は指輪に奮発したかった。でも、普段つけられない指輪より時計にかけたいって秋さんの気持ちを優先した。だけど、指輪もちゃんとしたのを買う。だって結婚指輪のつもりだから……』  結婚指輪も買うんだっ!  すげぇすげぇ!  二人の結婚指輪、すげぇ見たい! 『おい、本当に興奮しすぎだ』 『だってっ! 俺めっちゃ嬉しいっ!』 『うん、俺も。二人がすごい幸せそうで嬉しいよ』 『ほんとだなっ!』  もう顔がゆるんで仕方ない。  ゆるんだ顔で蓮を見てたら、不思議そうな顔をされてしまった。 「うん? なに?」 『なにか顔についてるかな?』    ……やばっ。  そこですかさず岳がフォローしてくれた。 「あの俺、あまりテレビを観ないので、お二人がニコイチだってこととか今日知ったんですが、すごい素敵だと思います。応援します。いろいろ頑張ってください」  俺も宣言するように手を上げて続けた。 「あっ、俺もっ! 俺はあきれんの大ファンなんでっ! これからもずっと応援してますっ!」  あきれんがニコニコ笑って俺たちを見る。 『本当に可愛いカップル。いい子たちだな』 「ありがとう。うん、頑張るね」 『この二人すげぇ可愛い。ずっと手繋いでほんと幸せそうだな』 「二人とも、ありがとなっ」  別れ際、秋人が俺たちに「またなー!」と手を振って、蓮も笑顔で「またね」と言ってくれた。 『さっそく酒の配達してもらおう。縁は切らない。いつか二人にも俺たちのこと、話せるときがくるといいな』 『秋さんはきっと、もらったカードで縁をつなぎとめるって決めたんだ。俺もそうしたかったからすごく嬉しい。いつか同性カップル同士深く話してみたい』  二人の心の声を聞きながら、俺たちも大きくぶんぶん手を振った。  秋人が『縁は切らない』と言ってくれて、すごい嬉しい。  俺も、あきれんと深く話してみたい。  でも、二人が恋人だって話をするのは現実には難しいだろうな……。もし会うことができたら、俺たちの話を聞くだけでも、二人が楽しんでくれたらいいな。  でも、そっか。本当にあのあきれんと繋がったんだ。なんか嘘みたいだ。  あのあきれんと……。  ……え、あれ? 俺たち、あきれんと友達になれるかもってことっ?! 『……お前、気づくの遅いな』 『えっ! 嘘だろっ! やばっ!』 『お前、なんか普通にしてるからすごいなと思ってた』 『ええーー! あきれんと友達ーー?! やばすぎじゃんっ!!』 『……横で叫ぶな。頭に響く……』 『お前なんでそんな普通なんだよっ!』 『俺は芸能人の二人を知らないからな』 『うあっ! そうだったっ! この凄さが分からないとかやばいぞっ!!』  俺の興奮はずっとおさまらなくて、その後は買い物にならずにすぐ家に帰った。三が日の間は岳もずっと俺ん家だ。  父さんたちに、あきれんと会って話までしちゃったっ! と大興奮で報告した。姉ちゃんは全然信じてくれなかった。  興奮しすぎた俺は、話していいこととだめなことを混乱しそうになって、何度も岳に『大丈夫かよ』『不安だ……』と心配された。興奮すると失敗しそうになる。新しい発見だ。なんて思っていたら岳に怒られた。  数日後、配達記録に『久遠秋人』の名前を見つけた。  昨日の日付だ。本当に縁が繋がったままだっ!  きっと父さんは秋人に気づいてもいないんだろう。平然と配達してる父さんを想像しておかしくて笑った。  たぶんそのうち、秋人からスマホに連絡が来る。きっと来る。  俺は期待でドキドキした。  また会えるよな、秋人。  早く会いたいな。  会えたらまず何を話そう。  力のことまで話したくなってる自分が不思議すぎた。  あきれんなら普通に受け止めてくれそう。そうすれば、二人が恋人だって話もきっとしてくれる。  トップシークレットの共有…………なんちゃって。  絶対岳がいいって言わなそうだな、と俺は一人苦笑した。  終  
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