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「師匠」
「なんだ?」
ごく当然と振り仰いだアシュレイの頬に、テオバルドは手を伸ばした。瞳ににじむ困惑には気づかないふりで、言葉を重ねる。
自分にしても、こんなふうに触れるつもりは数十秒前までなかったのだ。それは困惑もするだろうな、と思いながら。
「触ってもいいですか」
「……こんなところでか」
「あなたがいるとわかっていて、近づく同士はいませんよ」
あなたに懸想している者でなければ、との後半は呑み込んで、テオバルドはもう一度ほほえんだ。この顔に、アシュレイが甘いことは知っている。
不安に思うのは、自分がこの人の特別である理由が簡単に浮かぶからだ。
親友の息子で、唯一の弟子。いかにもわかりやすく、納得の行く理由だ。けれど、それ以外のこの関係に彼が収まってくれた理由で、いかにもなものはなにもない。
むしろ、初恋の相手の息子で、唯一弟子であるテオバルドの熱量に絆された末と言ってしまったほうが、誰でもきっと納得できる。
それが嫌なのだ。隣にいる理由はただ自分であるからなのだと彼自身に証明してほしい。
こんなことを考えていると知れば、そうでなくとも、それなりに彼が可愛がっているらしい同僚を不必要に傷つけようとしていると知れば、間違いなくアシュレイは怒るだろう。
外す必要のなかった深緑のローブのフードを外し、淡い金色に指を伸ばす。美しい色彩だと、テオバルドは思う。
自分のものとはまったく異なる繊細な金色も、宝石のような緑の瞳も。本当は、そのすべては自分のものだと世界中に主張したいくらいなのだ。
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