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石で造られた部屋に少女がいた。 まだあどけなさを残しつつも、少女とは思えぬ鋭い眼光で、鉄格子のついた窓から空を見ている。 薄暗い部屋に入る光は、窓からだけだった。 昼間だというの室内が見づらいのはそのせいだ。 「お迎えが来たようだね」 ギィと軋む音と共に扉が開かれた。 そこには、少女とさほど変わらぬ若い娘――男装をした女性の姿が見える。 若い娘は、少女に向かって頭を下げると、ゆっくりとした動作で部屋の中へと足を踏み入れた。 少女に近づき、その顔を見ると、彼女は両目を見開いて両手を口へと当てた。 「こんな少女が……」 「子供扱いはやめてよね。幼く見られるけど、こう見えても十八歳なんだ、あたし」 少女がムッと唇を尖らせると、若い娘はハッと我に返った。 それから部屋に入ってきたときと同じように、丁寧に頭を下げる。 おどおどとした態度と表情のせいか、まるで全身で謝罪しているように見えた。 「失礼しました、ミス·ベルフレア·リッパー。私はルル·ラインハートと申します」 若い娘――ルル·ラインハートは、乱れた服の襟を正すと、胸に手を当てて名乗った。 彼女の名を聞いた少女――ベルフレア·リッパーは、先ほどの不機嫌な様子はどこへやら、表情を緩めていた。 その鋭い視線はそのまま、ルルに興味を向けている顔だ。 ベルフレアがルルへと歩を進める。 狭い室内で、彼女の足音だけが響いていた。 向かい合う二人。 ベルフレアが小柄のため、男性とそう変わらない背丈のルルの前に立つと、まるで親子のようだ。 「あんたがあのラインハート家のお嬢さんか。家業を継いだと聞いてたけど、まさか本当だったとはね」 ルルの家――ラインハート家は、代々死刑執行人の家系だった。 まだ若い彼女だが、家を潰すわけにはいかず、父の跡を継いで処刑人となった。 父の後を追うように病気で亡くなった母の願いもあり、ルルは望まぬながらも、毎日罪人の処刑を(おこな)っている。 当然、若い娘が死刑執行人になれば、誰もが面白がって話を広める。 ベルフレアはそんな噂話から、ルルのことを知っていた。 自分とそう変わらぬ年齢の女が処刑人になったことに、彼女は興味があったのだろう。 だが、それはルルも同じだ。 彼女が死刑執行人ならば、ベルフレアは連続殺人犯だった。 ルルの立場からすれば、なぜこんな少女が、夜な夜な人殺しを繰り返すのか。 聞けば貴族を狙った犯行だというが、けして金品などを奪うわけでもないらしい。 盗むのではないなら、どうしてわざわざ身分の高い者を殺したのか。 誰でもいいのならば、侵入しにくい見張りのいる貴族の屋敷を狙う必要はない。 一体どうして……。 事情がわからぬルルは、ベルフレアと顔を合わせる前から理解に苦しんでいた。 「申し訳ないですが、この服にお着替えください」 ルルは、今は自分の仕事に集中せねばと思うと、持っていた服をベルフレアへと渡した。 布も薄くずいぶんと着古したものだ。 ベルフレアは、目の前にルルがいることなど気にせずに、勢いよく服を脱いで着替えていく。 まだ胸のふくらみも目立たない中性的な身体。 目つきこそきついが、ルルはベルフレアの裸を見て、彼女のことを天使のようだと思っていた。 それは身体だけではなく、そのときのベルフレアの表情もあった。 彼女はこれから処刑されるというのに、一切怯えていなかったのだ。 それどころか笑みさえも浮かべる余裕がある。 そんな死刑囚は初めてだ。 ルルはベルフレアの態度に違和感を覚えながらも、彼女の手を縛って外へと出た。 外には馬車が用意されていた。 (ほろ)のない荷車から周囲を見渡せるものだ。 それは当然、周りからも乗っている者の顔が見えるということでもある。 「おい、あれが噂のベルフレア·リッパーか!」 「あっちの大きいほうはルル·ラインハートだろ?」 「なんて綺麗な顔をしているの。二人とも天使みたいね」 ベルフレアとルルが乗った馬車が街の中を進んでいくと、集まっている民衆の姿が見えた。 民衆は男女関係なく、ベルフレアの姿を見ようと馬車へと群がってくる。 御者(ぎょしゃ)が顔をしかめていると、馬車の護衛をしている衛兵が民衆を退かしていく。 「申し訳ないです。皆、若くて美しい死刑囚が物珍しいのでしょう」 騒がしい民衆に代わって、ルルがベルフレアに謝罪した。 ベルフレアは笑みを浮かべると、周囲へ目をやりながら返事をする。 「美しいだなんて、言ってくれるね、ルル。でもまあ、あたしは気にしてないよ。なんていったって、今日は特別な一日だもんね」 彼女が言った特別な一日とは、民衆が集まっている理由だ。 それはベルフレアやルルが住むこの国――メトロ王国の建国記念日だった。 街に出ている出店や屋台、さらにはメトロ王国の旗などが掲げられている様子から、多くの民衆が盛り上がっているのが(うかが)える。 活気のある街の光景を見て、満足そうにしているベルフレア。 ルルは、そんな彼女に向かって訊ねる。 「死刑囚は大衆の前にさらされると、泣き叫んだり激しく狼狽(ろうばい)したり、死んだように虚ろな目をするものですが……。あなたはどうしてそんな毅然(きぜん)としていられるのですか?」
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