死花外伝-運命の人-〜京極佐保子〜

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初めて会った時の事は、今でも忘れない… 緊張でギクシャクしている私をジロリと見据えて、あなたはポツンと呟いた。 「なんや…また女の事務官かい。勘弁してぇや…」 …初めは、女だからできない奴だと言う意味だったのかなと思い不愉快だったけど、まさかその言葉に、あんな意味があったなんて、知らなかった。 …彼の名は、棗藤次。 私の上司であり、私の…初めての男(ひと)。 * 「えっ…」 「だから、今週末行かない?滋賀の琵琶湖。…一泊で…」 「それって…泊まるってこと?」 「うん。…ダメ?」 …月曜日。正午の京都地検の屋上。 食事を終えて寛いでいたら、やおら稔が泊まりがけのデートを持ちかけてきたので、佐保子は顔を曇らせる。 付き合って3ヶ月。お互い20代そこそこ。 泊まりのデートの一つや二つあってもおかしくない。 しかし、この2人がそのデートの話をするのは、実はこれが初めて。 なぜなら… 「絶対痛い思いとかさせないから。…だから、良いだろ?佐保子…」 「でも…」 そう。 彼女、京極佐保子(きょうごくさほこ)が処女であることが、泊まりデートの障害になっているのである。 好きな人に処女を捧げる。嬉しくて仕方ないはずなのに、佐保子は暗い表情で、ブラックコーヒーの入った缶に口付ける。 「…悩ませてごめん。でも、そろそろ俺、佐保子をもっと知りたいんだ。もっと、君の特別になりたい。だから、木曜日までに考えておいてくれないか?無理なら、ホント良いから…」 「うん。分かった…考えとく…」 「ん。じゃあ、そろそろ降りよ?休憩終わっちゃう。」 「うん。」 そうして立ち上がった瞬間だった。 稔の腕に抱かれ、深く口付けられたのは。 「…これで、午後からも頑張れる。良い返事、待ってるから…」 「………うん。」 * 屋上を後にし、佐保子が向かったのは、上司「棗藤次(なつめとうじ)」のいる検事室。 扉を開けて戻りましたと告げると、藤次はチラッと自分を見た後、すぐに自らの仕事に戻った。 以前なら、どやった京極ちゃん?デートぉとか言って茶化してきたのに、最近は口さえ聞いてくれなくなり、佐保子の心はギジリと軋む。 それでも勇気を出して、佐保子は藤次の元へ行く。 「なんね。早よ、自分の仕事し。」 刺すような冷たい言葉。それでも怯まず、佐保子は口を開く。 「今晩…少しお時間頂けますか?ご相談があるんです。」 「今晩?今やないとあかんのか?」 「ハイ。プライベートな事なので…職務中ですし…」 「夜…プライベート…ひょっとして、笹井とのことか?」 「あ、はい…そうです…」 相変わらず鋭い推理力だと萎縮していると、藤次はため息混じりに呟く。 「まあ、けしかけたんワシやし、仲人やと思うて聞いたるわ。ほんならウチに来。色恋話なら、絢音の方が適任やろから。」 「あ!ハイ!ありがとうございます!!」 「礼なんかいらん。さっさと仕事し。21時には帰るえ?」 「は、ハイ!!」 そうして席に着き、佐保子はそっと引き出しを開けて手帳を取り出し、藤次のスケジュールチェックをしていく。 すると、手帳に挟んでいたあるものが滑り落ち、佐保子は慌ててそれを拾い上げる。 「?…なんね。」 「い、いえ。失礼しました!」 「?」 不思議がりながらも、黙々と仕事をこなしていく藤次にホッとしながら、佐保子は胸に抱えていた…手帳から滑り落ちた、いつか盗み撮りした藤次の横顔の写真を見て、静かにはにかんだ。
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