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コウサツロスト
「まさかこんな事になるなんてな」
火葬場の駐車場で建物を眺めながら僕はぽつりとつぶやいた。隣には泣き続けている留美と慰めるように背中を撫でている歩がいる。
「ああ。理不尽だよな」
僕の独り言にも近いつぶやきに返事をしたのは僕と同じようにじっと火葬場と空を見つめている健司だ。今日、僕たちは友人である唯の葬儀に来ていた。唯は先日家の中で押し入ってきた強盗に殺害されてしまった。
その日は唯の二十歳の誕生日で唯の家で誕生パーティをしたその夜のことだった。
「きっとやりたいこともいっぱいあっただろうにな」
唯は社交的とは言えない性格ではあったが人当たりが良く色んな友人がいるような人間だった。将来は教育関係の仕事につきたいと言っていたのを覚えている。
「……どうして唯ちゃんが死ななくちゃいけなかったの? あんなに良い子だったのに」
しゃっくりを上げながら留美が悲痛な声を漏らす。
「本当に。犯人は許せないよ」
歩も怒りに歯を食いしばっていた。
「……犯人まだ捕まってないんだよな」
健司がぽつりと言うとみんなが黙りこくる。一刻も早く犯人を捕まえてほしい。そういう気持ちなのかもしれない。
「なぁ。俺たちで犯人を見つけないか」
「なんだって? 椿?」
僕の言葉に健司が驚いたような顔をする。
「僕たちで犯人を考えてみないかっていったんだ。唯に最後に会ったのは僕たちなんだ。何か僕たちにしか分からないことがあるかもしれない」
「それはそうかもしれないけど……」
歩が戸惑ったような声を出す。
「唯のご両親の姿を見ただろ?」
唯の両親は気丈に葬儀を執り行っていた。涙のひとつも見せずに参列に来てくれた人たち一人一人にお礼を言い丁寧な対応をしていた。本当は泣き叫びたいほどの気持ちだろうに。
それは端々に見える表情からもうかがう事ができた。それでも娘をしっかりと送ってあげたいと言う気持ちで気丈にしていたのだろう。それはとても尊敬のできる姿で、痛々しい姿だった。
みんなも似たような気持ちだったのだろう。真剣な表情をしてうなずく。
「でも、私たちに分かることってなんだろう?」
留美が尋ねる。
「一度あの日あったことを整理してみよう。それで何か分かるかもしれないし、分からなくても何か悪いことがあるわけじゃない」
「そうだな。一度考えてみるか。唯のためにも」
健司が言うとみんなもうなずく。
「あの日、午前中はみんな大学の講義に出ていた。昼食の時に珍しく四人がそろったから一緒に学食で飯を食べたんだよな」
「そうだね。その時に唯の誕生日が今日だって話になって急遽誕生日パーティをしようって話になったんだ」
歩がその時を思い出すように視線を宙にさまよわせながら言う。
「唯は恥ずかしがって遠慮してたけどね。私と歩は誕生日のことは知ってたからね誕生日プレゼントはもう買ってあったんだ」
「僕たちは知らなかったから健司と二人で急遽買いに行くことにした」
「その準備もあったから夜の七時に唯の家でパーティをしようって話になったんだよね」
留美と僕の言葉を引き継いで歩がまとめる。
「最初は私の家でやるつもりだったんだけど、さすがにそれは悪いって言って唯が自分の家にしようって言ったんだよ。本当に気を遣う子だった」
留美が懐かしむように口元をほころばせて、またすぐに暗い顔になった。唯の事を思い出して、現実も思い出してしまったのだろう。
「それで七時前に私が最初に唯の家に着いた」
歩が手を上げる。
「次は私かな。六時五十分ぐらいだったと思う」
留美が歩の言葉に続く。
「その次が俺だな。たしか七時ちょうどについたと思うぜ。腕時計が鳴ったのを覚えているからな」
健司が腕に着けているデジタル時計を見る仕草をする。
「僕は最後だったかな。プレゼントを選ぶのに迷っちゃってさ」
僕は頭をかきながらつぶやく。仲の良い友人とはいえ女の子にプレゼントをあげるのは初めてだったので何をあげればいいのか分からなかったのだ。
「それで、みんなで買ってきた料理やお酒をテーブルの上に並べてパーティを始めたのが七時半前ぐらいだったと思う」
「しばらく大学やサークルの話をして盛り上がって。ケーキをみんなで食べたんだよね。美味しかった。そのあとにみんなのプレゼントを唯にあげたんだよね?」
みんなに確認するように留美が聞く。
「そうだな。まずは俺があげたんだ。あげたのはトートバックだったな。よく図書館に行くときに本を入れるカバンがないって言ってたからな。前にみんなで一緒に遊びに行ったときに気に入ってたトートバックをあげたんだ」
「そつがなくて気持ち悪いな」
歩が引いた顔をしながら言って健司は傷ついた顔をする。
「でも、そういうところは私は素敵だとおもうよ」
留美が慰めるように健司の背中を軽く叩きながらフォローする。恋人同士らしいやり取りだなと思いながら二人を眺める。
「私があげたのはコスメね。唯ってあんまり化粧をするタイプじゃなかったから。素材が良いのにもったいないと思ってたのよね。だから、これを機にメイクを覚えてくれたらなって思って似合いそうなものをいくつか見繕ったの」
歩が胸をそらしながら自慢げに言う。
「いい迷惑だっただろうな……」
「健司、聞こえてるからね」
ぼそりとつぶやいた健司の声をしっかり聴いて文句を言う歩。まぁまぁと留美がなだめる。いつもの光景だった。
「私があげたのはワインだったかな。唯ってお酒好きだったから。未成年の時から結構飲んでたからね。正式に飲めるようになったんだから美味しいお酒をプレゼントしようと思ったんだ」
苦笑しながら留美が言う。
「最後は僕かな。あげたのはブルートゥースのイヤホン。欲しがってたしね。さすがにイヤホンだけのタイプは高くて買えなかったから左右のイヤホンがつながってるタイプの奴をあげた」
本当に嬉しそうな顔で「大事にするね」と笑っていた唯の顔を思い出す。
「……あの時も思ったけど、実用的すぎるだろ」
健司が肩をすくめてため息を吐く。
「でも、一番喜んでたと思うよ。唯も実用的な性格だったし」
留美も苦笑しながらフォローしてくれる。フォローされるような事なのかと少し傷ついた。かなり気の利いたプレゼントだと思っていたのだけれど。
「プレゼントはみんな喜んでくれたと思うよ。本当に嬉しそうに笑ってたから」
歩が言うと沈黙が落ちる。
「……そのあとはどうしたっけ?」
気を取り直すように健司が聞く。
「そのあとはだらだらと話しながら残った料理を食べたり、留美が持ってきてくれたワインを唯と留美が飲んだりしてたと思う。それで、留美が寝ちゃったからもうお開きにしようって言って部屋を出たんだよ」
「健司が留美を背負ってみんなで唯の部屋を出たんだ。唯は今日はありがとうって玄関まで見送ってくれた。それから、私たちは夜道を帰って家に帰った。健司と留美は同じ家に住んでるけど、私と椿は違う方向に住んでいるからね。ちょうど帰り道が分かれる駅前で別れたんじゃなかったかな」
歩の言葉を聞いて自分の記憶と照らし合わせてみる。今までみんなで話した記憶は間違っていないだろう。
「……私たちが帰った後に襲われたんだよね」
留美が声を絞り出すように言う。
「留美が殺されたのは午後十二時ぐらいらしい。僕たちが家を出たのが十一時半ぐらいだったから、三十分後ぐらいってことになるのかな」
「私たちがもう少し残ってれば唯は襲われなかったのかな」
「いや、どうだろうね……」
「どういうことだよ?」
僕の言葉に健司が怪訝な顔をする。
「唯は部屋の中央で首を絞められて殺されていた。凶器は細長いひも状のものらしい。警察も部屋の中を調べたらしいけど凶器は見つかってないらしい。部屋の中は荒らされていて通帳や現金や貯金箱。金目のものは全部奪われていたらしい。だから、警察は盗みに入った犯人が唯と鉢合わせして殺してしまったんだろうと考えているみたいだ」
「どうしてそんなことが分かるの?」
歩が不安そうな顔で僕を見てくる。
「親戚に刑事の人がいるんだ。本当は教えちゃダメなんだけどね。必死に頼み込んで教えてもらったんだ」
「窓ガラスの一部がきれいに切り取られて鍵が開けられるようにされていたらしい。それ自体は泥棒が窓を割るよくある手法らしいんだけど、それよりも気になるのは唯の倒れていた場所だ」
「部屋の中央だろ?」
「そうなんだけど、窓の方を向いて倒れていたんだよ。これっておかしいだろ」
「どういうこと?」
留美も不安そうな顔をしている。無理もない事だろうと思う。
「泥棒は窓から侵入してきたんだ。鉢合わせしたなら泥棒から離れるか逃げようとするだろう。なら、唯の体はもっと玄関の方にあるか、玄関を向いて倒れていないとおかしい」
「犯人が動かしたとか?」
健司が首を傾げながら言う。
「動かす理由がない。殺人を犯してしまって早く逃げたい状態なんだ。金目の物はもともとの目的だから探したにしても、遺体を放置してるのに、体の向きだけ動かすなんてことはしないだろう」
僕の言葉に全員が黙り込む。
「それに、唯の体の中からは睡眠薬が検出されたらしいよ」
今度こそ全員の表情が固まった。
「それってどういうこと……?」
留美の声が震えている。
「泥棒が犯人なんかじゃないってことさ。警察は睡眠薬を飲ませた後、唯が眠っていると思って泥棒が家に入ってきた時にまだ起きていた唯と鉢合わせした可能性も考えてるみたいだけど、僕は違うと思う。だって睡眠薬は留美が持ってきたワインに入っていたんだから」
視線が留美に集まる
「違う! 私じゃない!」
留美が必死に叫ぶ。
「だって、あのワインは前日に買って家に置いておいたものだし、私が唯を殺す動機なんてないでしょ!」
否定すればするほど余計に疑いは深まっていく。それは留美も分かっているのだろうがそれでも留美には否定することしかできない。
「……どうして唯を」
呆然とした顔で歩は留美を見つめる。
「違う! 信じて! 健司は信じてくれるよね?」
健司に縋り付くように抱き着いて留美は叫ぶが健司は戸惑ったような表情を浮かべるだけだ。その態度に留美が愕然とする。
「……椿。本気で私が犯人だと思っているの?」
泣きそうな顔で留美が僕を見つめてくる。僕はふっと小さく笑って言った。
「思ってないよ」
「え?」
その場にいた僕以外の全員の声が重なった。
「留美は犯人じゃないよ。だって留美にはワインに睡眠薬を入れるタイミングがなかった。あのワインは未開封だったからね。
可能性があるとしたらコルクのラベルをはがさないまま注射器みたいなものでコルクを刺して入れることもできるだろうけど、自分が誕生日プレゼントだと言って持ってきたものに睡眠薬を入れたりはしないと思うよ。
犯人だと自白してるみたいなものじゃないか。それに、あの日留美は唯と一緒にワインを飲んで眠っていた。
睡眠薬を自分でいれていたならワインは飲まないよ。逆言えば睡眠薬入りのワインを飲んだから留美はあの日眠ってしまったんだろう」
僕の言葉に留美はほっとした表情をする。
「なら、誰が睡眠薬を入れたっていうんだ?」
健司がおそるおそる聞いてくる。
「君だろ?」
僕は健司をまっすぐ見つめながら言う。
「何だって!? どうして俺がそんな事をしなくちゃいけないんだ」
「言っていいのかい?」
僕は留美の方に一瞬視線を送って聞くが健司は気にした様子もなく怒鳴る。
「言ってみろよ!」
「健司。君は歩と浮気しているだろう。それを唯は気づいていたよ。偶然町で見かけたらしい。そして、唯に知られたことを健司君も気づいていた。その浮気を留美にばらされるのが怖くて唯を殺したんだ」
「違うの!」
叫んだのは歩だった。留美は目を見開いて健司を見つめている。健司は驚いた表情をした後に留美の視線に気がついて苦々しく顔を歪める。その態度だけで充分な状況証拠だった。
「私は健司と浮気なんてしてない! 健司が勝手に言い寄ってきただけなの! ……だって! だって私が好きなのは!」
「ふざけるな!」
歩の言葉を遮って健司が叫ぶ。歩に詰め寄ってその胸倉を掴んだ。
「あれだけいろいろしてやったのに。気を持たせるようなこともやっておいて、今更逃げる気かよ!」
「……やっぱり浮気してたんだ」
健司の言葉を聞いて留美がつぶやく。
「いや。それは」
自分の口走った言葉に慌てたのか健司は狼狽する。留美は健司に近づくと思い切り平手打ちをする。甲高い音が響く。
「最低」
留美はそれだけ言うと踵を返して立ち去ってしまう。
「留美! 待てって!」
健司が声をかけるが留美は振り返りもしない。
「椿。手前ぇ。証拠あるのかよ。俺が唯を殺したっていう」
「殺した証拠はないよ。ただ、ワインに睡眠薬を入れた証拠はある。君は薬学部だろう? 睡眠薬になる液剤を実験に使うからと申請して持ち出しているのは分かってるよ。そして、そんな実験が行われていないのも確認してる」
僕の言葉に健司は一瞬考え込むようにして。黙り込んだ。
「僕は警察じゃないからね。君をどうこうしようとは思わない。ただ、自首をお勧めするよ」
「……そうか。全てお見通しってわけだな」
がっくりと肩を落とすと健司はとぼとぼと背中を向けて歩いていく。僕はその小さくなった背中をじっと見つめていた。
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