白路山  【完】

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白路山  【完】

 「岳、もう少しペース落として。足元気をつけて。」 そう側でごちゃごちゃ言われて、俺は顔を顰めた。俺が一体何年この山を駆けて来たと思ってるのかな。すると桃李が苦笑して俺に言った。 「皆、お前の腹を心配してるんだから、そんな顔するなよ。実際胎教に良いとか言っても、この道じゃ人を選ぶだろう?」 そう釘を刺されて俺は肩をすくめた。確かにいつものペースは無理だけど、かと言ってまだ腹も小さいし、俺的にはそんなに変化がある訳じゃない。  むしろ昨日の夜活動の方が何倍もハードだったんじゃないのかな。まったく俺のドロドロ具合ったら、見れたもんじゃない。でも番いの体液は嫌な匂いじゃないし、どんなに掛けられても嫌いじゃない。むしろ独占欲が目に見える気がして、くすぐったい気持ちだ。 思わず顔がニヤけていたのか、隣に居た新が俺の耳元で囁いた。 『えっちな顔してるぞ。』 俺は咳払いして、桃李に言った。  「でも実際ここの空気はなんていうか、清らかというか浄化する感じするんだよ。絶対胎教にいいよ。何かイベント考えたら?別に歩かなくても良いけど、(ヤシロ)から崖下の渓谷からの吹上げの風を感じるだけでも良いよ。あそこまでだったら駐車場から直ぐだろ?」 桃李は目を見開いて、面白そうに俺を見た。 「随分、一生懸命だな。妊夫ならではの感じ方があるのかもな。参考意見として親父に言っておくよ。あ、イベント企画ならおじさんの仕事か?」 何んだかんだと白路山に足を突っ込んでいる桃李にニヤけた顔を見られない様にしながら、俺は目の奥が緩む様な豊かな緑を満喫した。  俺の手を握って離さない新に手を引かれながら、きっとこの手は絶対離してはくれないのだろうと苦笑した。 「ここら辺までにするか?これ以上は結構足場が良くないんだ。二週間前の大雨で、結構瓦礫が流れてきたからな。大きいものは皆で撤去したんだけど、流石に妊娠した人間を歩かせるのは俺も気が引けるよ。」 そう桃李に言われて、俺は夫達の視線にも負けて渋々頷いた。それでも見晴らしはだいぶ良くて、俺は谷底に向かって深呼吸した。五感に染み渡る様なその常緑樹の強い匂いは、微かに谷底を流れる水の匂いも連れてくる。 俺が文言を唱えると、隣で桃李もまた声を合わせて唱え始める。その重なりが目の前の緑の中へと溶けていって、それから俺たちは九字を切った。  目がさっきより開く気がして、後ろで見守っていた夫達を振り返ると、三人が少し驚いた様に俺を見つめた。 「岳、さっきと顔が違う気がする…。何かカッコいい。ヤバい、俺の番がカッコ可愛すぎて胸が痛い。」 相変わらずバカみたいな事を言う叶斗に苦笑すると、俺は叶斗に手を引かれながら下山を始めた。桃李はもう大丈夫だと踏んだのか、先に立って歩き出していた。 まぁ甘ったるい夫達に当てつけられるのを避けてるのかもしれないな。  「岳は本当ここにいる時が、素晴らしく生き生きしてるよ。研究室でも元気だなと思ってたけど、あそことはちょっと雰囲気が違うよね。」 そう叶斗が言えば、俺は肩をすくめて言った。 「子供時代のノスタルジーも加算されてるからじゃないの?俺がここに登り始めたのは幼稚園の頃からだから。な、桃李。一緒に良くここら辺で遊んでたよな?」  少し前を歩いていた桃李は俺たちの方を振り返って、口元を少し緩めて言った。 「ああ、お前はいつも俺の後ついて来て、可愛いんだか、鬱陶しいんだか分からなかったな。俺も姉妹しか居なかったから、遊び相手に丁度良かったけどね。」 そんな桃李に誠が尋ねた。 「そう言えば、あまり岳の小さな頃の話聞いたことが無かったけど、きっと可愛かっただろうね。」  すると桃李が肩をすくめて言った。 「どうかな。可愛いって言うより、生意気って感じだった。岳の家は母親が居なかったから、お手伝いに山伏のメンバーのおばさん達が出入りしてたせいか、妙に落ち着いちゃってたんだ。中学の時なんか、じーさんて呼ばれてたよな?妙に達観してて。」 俺は懐かしさに一杯になって、思わず笑っていた。 「ああ、そう言えば一時期じーさんて呼ばれてた。でも俺、自分の事だと思わなくて無視してたら、あっという間に廃れちゃったけどな。」 懐かしい話に、何だか三人の表情が暗くなっていた。 「…岳の可愛さが分からないなんて。高校入学して来た時、確かに独特のオーラだったけど、じーさんはないだろう?」 そう眉を顰めて叶斗がグチグチ言い始めたので、俺は笑って叶斗と繋いだ手をぎゅっと握った。  「昔のことにブツブツ言うなって。はぁ、でもあの頃考えていた未来と今とじゃ想像もつかないくらいの大変化だよな。Ωに変異した時は、この世の終わりだと思ったけど、まぁ実際大変だったのはそうだ。 でも、桃李がフォローしてくれて助かったし、叶斗の鋭すぎる嗅覚で俺は呆気なく現実を受け入れせざるを得なくなったしね?新にも随分あの時は世話になったよね。 俺が考え込むより、お前達が引っ張り回して気が散ったせいで多分落ち込む暇なかったよ。…誠には随分甘えちゃった気がするし。 振り返ると俺一人じゃ無理だったけど、みんなにこんな清々しい気持ちでここまで連れて来てもらったなって思うよ。場所も時間も。俺、幸せだよ。ありがとう。」  振り向いた皆の顔が赤らんでいるみたいだ。はは、こんなの俺っぽくないよね。桃李がどうして良いか分からなくて皆の後ろで挙動不審だけど。笑える。 「あー、俺の奥さん最高過ぎる。これ以上好きになったら困るんですけどー。」 そう言って抱きつく叶斗を引き剥がして、新が俺にそっと口づけた。 「愛してる、岳。」 たまに新って、こんな時あるよな。普段はしれっとしてるのに…。叶斗が何か言いながら新に絡んでるのを見つめて笑っていると、後ろから優しく抱き寄せた誠が、俺の耳に唇を寄せて囁いた。 「私も幸せだよ。岳と番えて、これ以上素晴らしい事なんてないよ。」 …誠は、誠だ。うん、いつも通りのスパダリぶりだ。俺はクスクス笑って、そそくさと立ち去る桃李の後ろ姿を見て、もっと笑った。本当、俺の人生最高じゃない?                 【 完 】 ★★★あとがき★★★  197話、22万文字の長編を最後まで読んで下さり、読者の皆様本当にありがとうございます♡ この作品の1話目は去年の10月10日だったんですよね…。およそ10ヶ月の間、途中ガス欠になりながら最後まで辿り着けて本当に良かったです💕  この作品はオメガバースという事もあって、しかもお相手が三人という何とも負荷の掛かる(私に!)内容でございました。(^◇^;)最初の構想はアルファ二人で取り合いになるって発想だったのですが、キャラが立って来ますとどちらかになんて決められない!と相変わらずのハーレム?へ。 しかも大人スパダリの誠まで参戦しました。単に年上スパダリが書きたかったってだけかもしれません!岳が魅力的だからしょうがないんです。はい。  読者の皆さんの日々の癒しや楽しみになっていたら嬉しいです😃お付き合いくださいまして、ありがとうございました😭  ちなみに相変わらず何作品も並行して書いてます。恋愛ものですが新作も公開したばかりですので、よろしくお願いします💕                
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