2/4
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/128ページ
「協力していただけませんか?」賢也はニット帽にほとんど隠れている湿った目で私を見ていた。 「え? なにを?」 「母のために漫画を描いて欲しいです」 「いや、それはちょっと」こんなもん苦笑いするしかない。「プロを舐めるな」と頬を平手打ちしてもいいくらいだ。なんで得体の知れない親子のために、私が漫画を描き下ろさないといけないのだ。 「もちろんタダとは言いません。1ページの原稿料は25万円でどうですか?」 「に、25万!? そんな金額を払えるんですか?」私の心は一瞬でグラついていた。 「払えます。毎週4ページずつ描いてもらうというのは無理がありますか?」 「プロの漫画家ですから、それくらいは余裕です。働きながらでも描けます」 「さすがですね」 「ちなみにストーリーはどうするんですか? 私が適当に考えたのでいいんですか?」 「いいえ。僕が毎週お伝えしますので、それを参考にして描いていただきたいです」 「あ……なるほど。そういう感じですか」  正直なところ、引き受けたかった。かなりオイシイ話。高給バイトである。しかし私は腐っても元売れっ子の漫画家だ。過去の作品はアニメ化もされている。お金欲しさに素人の依頼を簡単に引き受けていたら、あまりにも惨めだ。サインを書くのとはワケが違う。 「やっぱり無理ですよね。こんなの失礼な話です」 「そんな事ないですよ。お母さんの残り時間が少ないのなら、断るわけにはいかないです」 「本当ですか! ありがとうございます!」  私の中のプライドは簡単に吹き飛んでいた。本当は私の残り時間の方が短い。今月分のマンションの家賃を払うと生活が苦しくなるのだ。売れっ子の漫画家だった時代に稼いだ印税を少しずつ引き下ろしてきた。しかしそれはもう限界に近づいている。妻と離婚した時に、安い部屋に引っ越せば良かったのだ。それなのに見栄を張って家賃が50万円するタワーマンションに住み続けた。またヒット作を飛ばせば、通帳の残高なんて気にせずに払い続けられると思っていた。  妻は「いらない」と言ってきたのに、私は慰謝料と子供の養育費を妻に一括払いした。それでもまだまだ余裕があった。  現実は甘くはない。連載が打ち切られると、そこからは鳴かず飛ばず。貯金は目減りするばかり。次の作品で一気にV字回復できると信じてアシスタントを雇い続けたのが追い打ちを掛けた。恐ろしいスピードで貯金は消えていった。給料を払うのが馬鹿らしくなり、一人、二人とアシスタントを解雇し、今は誰もいない。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!