1/4
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/128ページ

 金曜日の深夜。店内から客が消えたかと思うと、すぐに自動ドアが開いた。ニット帽を深く被った男が入店。男は無言のままレジカウンターに封筒を置いた。  私はそれをポケットにねじ込むと、用意しておいた大型の封筒をカウンター越しに渡す。余計な会話は一切しない。そういう約束だ。男は大型の封筒を大事そうに両手で持ち、何も買わずに店を出ていく。  私はバックヤードに入り、封筒の中身をチェック。帯の付いた100万円の札束を確認するとカバンの奥に挿し込んだ。  ニット帽の男の名前は三浦賢也。出会いは私が深夜にワンオペしているこのコンビニだ。 「渡辺ロイ先生ですよね?」  賢也は私の顔を知っていた。過去に一度だけ雑誌のインタビューで私の顔写真が掲載されたが、露出したのは本当にその時だけ。今ネットで画像検索しても、当時の写真がヒットすることはない。にもかかわらず顔を覚えていた。時々だがこういうコアなファンに遭遇するのだ。 「大ファンです」  その言葉に偽りはないだろう。私はうつむき加減のまま「ありがとうございます」と小さく頷いた。 「次回作は、いつごろ出るんですか?」 「さあ……いつでしょうね」 「先生は才能の塊ですよ。ホラー漫画界のトップです。出せば絶対にまたヒットしますよ」 「だといいんですけど」  入り口のチャイムが鳴り、他の客が店に入ってきた。スーツを着た酔っ払いだ。賢也は他の客がいなくなるまで雑誌売場で立ち読みをしていた。そして客がいなくなった瞬間を見計らって再度レジに近づき、質問攻めにしてくるのだった。鬱陶しいなんてレベルを越え、通報したいくらいだった。  注意したほうがいいかな? という私の心境を察知したのか、賢也は相談を持ち掛けてきた。 「僕の母も先生の大ファンなんですよ。でも……」賢也は糞でも踏んだかのように暗い顔になっていた。 「どうかしたんですか?」 「母に残された時間は、わずかなんです」 「そうなんですか……」私は掛ける言葉が見つからなかった。単に興味が無いだけだ。 「母が生きている間にプレゼントがしたいんです」 「一番のプレゼントは、お前が立派に生きることだよ」と言ってやりたかった。夏の深夜にニット帽を深く被ってコンビニに来る男が、まともなわけがない。ましてや私のファンであるのなら尚更だ。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!