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投げかけられた問いに答える暇もなく、久嗣は軽々と千草を横抱きにした。たっぷりとレースをあしらった深紅のパーティドレスの裾がひらりと舞い上がる。千草のパンプスを手首にぶら下げたまま「首に腕回さねぇと落ちんぞ」と笑った久嗣はそのまま喫煙室の扉をくぐり抜けていった。
小さなシャンデリアに彩られている廊下をしばらく歩くと、二次会会場の前で同期の中でも久嗣と仲の良い一人の男が受付をしているところに遭遇する。さすがに二次会を男女二人で抜け出す場面を目撃すれば、察する人間もいるはずだ。全員が二十代後半といういい大人、気にすることはないのだろうが、思わず千草の身体が強ばってしまう。
「すまん高岡。福重が足捻ったっつってっから送ってくるわ」
「は?」
「こいつ、俺が喫煙室の扉開けたのにビビってヒールで転けやがったんだ」
呆れたように肩を上下させた久嗣の様子に、千草は彼の思考を瞬時に読み取った。この演技に真実味を持たせるためにパンプスを脱がせたのか。久嗣に横抱きにされたままの千草は半ば感心しつつ自分を抱えている張本人を睨みつける。
「悪かったわねドンくさくて!」
「全くだ。挙句に歩けねぇって喚きやがる。俺のせいじゃねぇが、骨折でもしてたら目覚めわりぃから送ってくるわ。つーわけで、二次会、俺と福重は欠席すっから。青野と小川に詫び入れといてくれ」
「おうよ~、言っとくわ。しっかし、福重も相変わらずアホだなぁ」
「うっさい! コワモテすぎて来店客に逃げられる高岡に言われたくないわよ!」
「桐生にお姫様抱っこされてるアホに言われてもぜんっぜん怖くねぇわ」
高岡は受付で受け取ったらしいビンゴカードを頭上でヒラヒラと振って二次会会場へと消えていく。どうやら久嗣の機転のおかげで無事に危機を抜け出せたらしい。
「『みんなには秘密』、なんだろ?」
久嗣はニヤリと笑い、千草を抱えたまま近くのエレベーターの前に立つ。したり顔の久嗣にくいと顎で示され、千草は不承不承パネルに手を伸ばした。身に纏うドレスと同じ赤で彩った指先で上か下かを問い、久嗣の「上」という返事に従って上のボタンを押す。エレベーターのドアが開く無機質な音が響き、千草と久嗣はそのままエレベーターへ乗り込んだ。
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