10話

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10話

 ナオちゃんは淡々と話し出した。 「私、身体は男だけど、心が女なんです」 「……うん?」  ちょっと待ってよ、どういう事だ?  情報が整理出来ない。女の子じゃない? 「小さな時からです。男の子の友達もいたけど、女の子の友達と遊ぶ事が多くて。アニメなんかも女の子の見る物を好んで見たり。服を買ってもらう時は男の子の物を嫌がったり、髪を短くするのを嫌がったり」  何も言えなくなってしまった。  ナオちゃんはさらに話し続ける。 「親に男の子なのにどうして?って初めて言われた時に私は女だよって答えたそうです。病院にも行きましたし、カウンセリングみたいなのも受けました。その頃には学校でからかわれたりする事が増えました。私がすぐに泣くから、周りは面白がって、男のくせにって言われました。でも、私は髪を伸ばし始め、服は男の子の物を着ていましたが、なるだけかわいいデザインの物を親に買ってもらう様になっていました。体育の授業で男子と着替えるのが嫌でした。水泳の授業はもっと嫌でした。そんな風に周りとの違いを感じる事が出来る様になる小学校の高学年の頃には誰にも相談出来なくて、本当の友達といえる友達はいませんでした。はっきりと性同一性障害と診断されたのはいつか忘れましたが、確実に言えるのは私は女だという事でした。どうして自分はこんな身体なんだろう、誰にも理解されずに、このまま友達も出来ずに過ごして楽しい事はあるのかなと考える様になりました。その頃には自分の腕を傷付ける癖が付き……ましたっ。お父さんとお母さんに怒られましたがお父さんとお母さんに話をしても……困った顔をするばかりでなかなか質問……に答えてくれませんでしたっ……。ふぅっ……ふっ。私はどうしていいかわから……ずぅっ……毎日泣……くばかりでしたっ。はぁっ……はぁっ。」  どんどん話をしてくれるけど、思考が追いついていかない。ナオちゃんがさっきよりも辛そうに見える。涙が溢れ出て……いや、瞬きしてない!呼吸がおかしい!なんかヤバい!気付くのが遅かった! 「ナオちゃん!ナオちゃん!」  肩を掴んで揺すっても構わず話を止めない。 「私は……わ、たしは、腕だけでは収まらず、足や身体も……」  依然、瞬きもせず涙が流れ、呼吸が不安定なままだ! 「ナオちゃん!もういいから!ナオちゃん!」  俺はどうしていいかわからず、とにかく話を止めないといけないと思い、いや、何か安心させた方がいいと思い、力任せに抱きしめた。そして声をかけ続けた。 「でも……お母さんに見つかって……お母さんは泣いていました……」  涙が流れ続けている。嗚咽が収まらない。  呼吸もまだまだ荒い。  ナオちゃんの手が俺の脇辺りを掴んでる。  話は途切れ途切れになってきた。  抱きしめたまま片方の手で背中を撫でる  安心して、俺は君を否定しない…… 「はぁ、はぁ、私は、私の事を知って欲しくて」 「うん、でも、一度に全部じゃなくてもいい。ゆっくり、少しずつでいいから。大丈夫。俺はしっかりと話を聞くつもりだよ。俺はそれを知ったところで怒ったり、がっかりしたりしないから。話も聞かずに否定なんかしないから」  抱きしめたままだけど、出来るだけゆっくり話した。ナオちゃんに安心してもらうために。過呼吸とかパニックの発作か何かなんだろう。気分を落ち着かせたら大丈夫なはず。  抱きしめた手を解いたが、心配で背中に手は当てたまま深呼吸を促し、数回繰り返すとナオちゃんはバッグからハンカチを取り出し涙を拭った。   「ありがとうございます。精神的に病んでた時があって……しばらく大丈夫だったんですけど……軽い発作かもしれないです」 「大丈夫?すごく辛そうだった。もっと早く気付いていればよかったんだけど」 「すいません……自分から話し始めたのに」 「安定剤とか持ってる?」 「心配させてすいません。持ってるんで一応飲んでおきます」  バッグからポーチを取り出し、小さな錠剤を口にして、ペットボトルのお茶を一口飲む。その姿を見て少し安心した。俺も口がカラカラになっている、お茶を一口飲んで余裕が出来た。 「こんな姿見せたくなかった……驚きましたよね」  酷く落ち込んだ声でそう言うと、ナオちゃんは距離を取ろうとする。 「嫌じゃなかったら俺の方にもたれ掛かってくれていいよ。まだしんどいでしょ?俺は平気だから」 「すいません……せっかく楽しいデート出来てたのに」  また眼から涙が溢れている。  思わずナオちゃんの手を握ってしまった。  ナオちゃんは少し驚いた様子でこちらを向いて、すぐに下を向いて言った。 「蜂谷さんの手、暖かいです」  少しずつ近づいて頭を俺の肩に乗せ、こちらにもたれ掛かってきてくれた。よかった。落ち着いてくれたみたいだ。ハンカチで涙を拭うけど、まだ涙が止まらない様子にまた心配になる。 「大丈夫?」 「ありがとう。蜂谷さんの言葉が嬉しくて……今は少しだけ甘えさせて下さい」  ほんの数分の出来事だった。性別の事はとても驚いたけど、発作にも驚いてしまって、ずいぶん冷たい汗をかいた。  何を話していいかわからない。俺も落ち着かないといけないな。でも、どうするのが正解かわからない。もたれ掛かっているナオちゃんになんとなく頭を寄せた。二人で寄り掛かる様にして、繋いでいる手も少し俺の方に寄せる。変わらずハンカチを目に当て泣き続けている。  二人ともしばらく言葉を発せずにいた。でも、なんとなく穏やかな気持ちになっている自分に気付く。少し頭を動かすとナオちゃんの髪が揺れ、かすかに甘い香りがした。  まだ夕方になるには時間がある。今はこうしててもいいだろう。それにしても一昨日会ったばかりなのにこんなにいろんな感情になるなんて。  一昨日の事から思い返せば、俺は大それた事を話していたなぁと思う。自分に嘘をつくのは周りにも嘘をつくとか言ってたけど、そんなのナオちゃんが1番よくわかってる事じゃないのか。  ナオちゃんは性別は男だけど、女性として生活している。それって周りに嘘をつくという事ではなく、強い意志で正直に自分と向き合ってその姿を選んでいるはず。それなのに俺は偉そうにあんな事言ってしまって……  その後も、タイミングが重要とか、早い方がいいとか。無責任にも程がある。これからは気を付けないとダメだ。人それぞれの生き方があるんだから俺は間違っていたのかもしれない。
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