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今日は何曜日だっけ……    オフィスでは誰かが取引先と電話で話す声、パソコンからはメール通知音、少し離れたオープンスペースでは何回同じ話をすれば気が済むのか延々続く打合せ。  はぁ……とため息をつきデスクに置いているスマホを見る。   「定時まではあと1時間半か」  つい独り言を呟いてしまう。  俺は蜂谷響(はちやひびき)  26歳、彼女なし。適当に過ごした大学を卒業後、なんとかこの会社に就職し、数年が過ぎている。   「なんだよ、もう帰る事考えてんの?」  隣から話しかけてくるのは同期の谷山。   「わかってると思うけど明日楽しみにしとけよ、久々に女の子誘ったんだからさ」   「あぁ明日は金曜か、久々だよな、飲みに行くの」  ここの所、仕事が順調でそこそこ遅い時間まで残業が続いている。飲みに行くのも1ヶ月ぶりかな。 そんな事を考えながら資料を作る為、パソコンのキーボードを叩く。 「あれ?飲みに行くの?聞いてないなぁ」  背後から声をかけてきたのは絢子さん、2年程の先輩だ。めちゃめちゃ美人とは言えないけど、ちょっとむっちりいい体格で細身ではない故の魅力がある。ハッキリ言って好みの体型。    谷山はすかさず、 「いや、蜂谷に女の子紹介してやろうと思ってるんですよ。しばらく彼女いないらしいし。絢子さんとはまた別の機会で行きましょ」   「あら、谷山君の企画の合コン?イケメンの谷山君なら可愛い子来ちゃうんじゃないの?ついに蜂谷君に彼女出来ちゃうか?」    谷山、頼むから余計な事言うなよ。   「口実に使われただけですよ」 「蜂谷君もまんざらじゃないんじゃないの?程々にしときなよぉ」  そんな風に絢子さんに言われるとちょっとやだなぁ。  ホントは絢子さんと飲みにってあわよくば……  って2人きりなんてなかなか誘えないな。   「近いうちにみんなで行きましょう」  と言うのが精一杯の俺。   「近いうちにね。じゃあ引き続き資料制作よろしくね」    絢子さんはスタスタと歩いて行くが、去っていく後姿に目がいく。スタイルが良いわけでもないのに気になる腰付きだ。ていうか、仕事もできるしアドバイスも的確だし、カッコいいんだよな。    定時も過ぎて大体7時半、周りはチラホラ帰宅し始める頃に谷山に告げる。   「悪いけど先帰るわ。明日店押さえてあるんだよな?」   こちらを向かずキーボードを叩いたまま返事が返ってくる。   「任せとけって、バッチリだよ。それより明日は6時前には仕事終われよ。6時半には乾杯だ」   「わかったよ、お疲れさん」  谷山の返事も待たず歩き出す。  会社から少し歩くと駅近の飲食店街が広がってくる。週末には近くで働くサラリーマンやOLで賑わう。その辺りにある行きつけの牛丼屋でサラダと並盛りを食べて帰るのがほぼルーティンとなっている。家に帰っても特にする事がある訳でもない。    俺には趣味がない。毎日家で酒を飲む事もないし、パチンコやパチスロといったギャンブルもやらない。強いて言うなら、漫画やアニメを見るくらい。  最近は休みの日もなにをしようかと考えるのも億劫になってきている。服を見に行ったり雑貨屋に入ってウロウロするのもそのうち飽きるだろう。  そういや明日は谷山企画の合コンか、どんな感じになるのかな。合コンってちょっと苦手なんだよなぁ。布団に入りながら考えていたが目を瞑るとすぐに寝入ってしまった。  翌朝、出社すると早々に谷山が真剣な顔付きで近づいてきた。   「今日は18時前には仕事終わらせろよ」 「そんなに念押ししなくても大丈夫だって」  谷山はニヤッとした顔つきになる。   「近くの駅にオフィスがある子達でさ、年下で結構かわいい子達なんだよ。楽しみにしときな」  今日は谷山の気合いが感じられるな、遅れたら怒りそうだ、定時には終われる様にしないと。    そんな時に限ってトラブルにが発生したりクレームだとかが起こったりするのがセオリーだけど、特に1日何事もなく過ごす事が出来た。定時前に絢子さんがやってきた。   「蜂谷くん、今日は合コンなんでしょ?ハメ外しすぎない様にね?バッチリ決めといで!」    いつもの調子だなぁ。 「で、昨日お願いした資料出来てるんでしょうね?」 「大丈夫です。いや、ちょっと気になる所があって……」    会話を引き伸ばそうとしてるな、俺。  パソコンの画面に資料を開く。   「ここなんですけどね」  絢子さんが俺のパソコンを覗き込む。  顔が近い、恥ずかしいけどそのままの距離で相談する。絢子さんは特に気にする様子もなく俺の話を聞く。  こういう所なんだよな。警戒心がないのか、男女分け隔てなく接してくれる。  特に艶っぽい色気がある訳じゃないけど不意に距離が縮まったりするとドキドキしてしまう。 「うん、これなら大丈夫。よく出来てるよ。私のメールに送っといてくれるかな」  ありがとうと言いながら僕の肩に手を廻してきた。  肩を抱かれる様な姿勢に俺は緊張する。いやいや、ホントに顔が近いから。  こういったスキンシップというのか、ボディタッチが多いのも気になる所だ。  あと、その微妙に胸元の広いブラウスなんだけど、そんなに屈むと服の中見えちゃいそうで困る。そんなに主張の強い胸じゃないのに。  こんな感じでみんなに接してるのかな。俺だけなんてことないよな。こんなのちょっと意識してしまうなぁ。単純にエロい目で見てしまうのが本当に悪い事をしている気になってしまう。 「じゃ、メールよろしく。今日はハメ外し過ぎるんじゃないよ。ほら、谷山くんがイライラしながら見てるよ」    いつの間にか定時を数分過ぎていた。  普段はこの様な時間に帰ることはない。 「ありがとうございます。メールしておきますね」    去っていく絢子さんを見ていたい所だが……   「よし、谷山。終わったぞ、行くか!」  ちょっとイライラしている谷山に小言を言われた。   「何やってんだよ、きっちり終わらせろよなー。しかしお前絢子さんと話してる時、子どもみたいな顔してるな。素直な子どもっていうか……」 「そうかな?」  歩きながら谷山が言う。 「お前もしかして、絢子さん好き?」   「なんで?」   「さっきワザと話延ばしてなかった?」  変なとこ鋭いなお前は。 「いや、そんなことは……」   「え?マジなの?」   「なんかカッコよくない?甘えたいだけだよ」   「なんだよそれ、でも案外マジかもなー」   「いやいや」   「しかしそれはそれ!今日は楽しもうぜ」  早足になった谷山の背中を追いかけ、ただエロい目で見てるだけという事は口が裂けても言えないなと思った。
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