嫌な奴?

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嫌な奴?

 それから厨房に戻って、再び菓子作りに没頭する。気がつくと、すっかり夜も更けていた。  今日は昼にあれだけ〈お務め〉を果たしたんだから、夜はもう呼ばれないはずだ。 「いて……」  没頭から覚めたからか、体の節々がちょっと痛んだ。机の上で無茶な体勢とか取らされるから―― 『充分楽しませたつもりだが?』  アスランの不敵な声を思い出すと、ぞくっと体に震えが走った。しょうがなくやっていることなのに、おれの中のオメガの部分は、どうしようもなく反応してしまう。 「くそ」  おれは短く吐き捨てて、かぶりを振った。 今日はもうさっさと寝よう。  厨房を出て、雑魚寝部屋に向かう。  途中、涼しい風を感じた。中庭に当たる部分に水が張られて池になっている。そこを渡ってくる風だ。    今日までばたばたしていて気に留めていなかったけど、後宮の中にはこうして池になっているところがいくつかあった。水がふんだんにあるっていうことも、権威の象徴だかららしい。  水面には睡蓮が浮かんでいて、その合間には、ちょっと欠けた月が写っている。白い石造りの柱に青い波紋が映り込んで、ゆっくりと揺れていた。  綺麗で、ちょっと怖い。  水はおれに昔のことを思い出させる。向こうの世界の、子供だったころのことをだ。  頭を振って水辺をそっと離れたとき、突然、誰かに背中を押された。  え――  気がつくと、派手な水音を立てて、おれは池に落っこちていた。    誰が? いや、しょせんは池だ。落ち着け。まず立ち上がって――そう思ったのに、誰かが強い力で頭を押さえつけてくる。    子供の頃の記憶がよみがえった。 『やめて、やめてよ!』 『うるせえな! 躾だよ、躾!』  躾と言いながら、男の顔には歪んだ笑みが浮かんでいる。  心臓がばくばくいって、冷静でいられなくなった。 「か、は……!」  水を飲んだ。息ができない。  やばい。おれ、また死ぬの、か? はは。おれ、簡単に死にすぎ。  でも、しょせんおれの存在なんて、そんなもんか――  諦めて、意識が飛びそうになったとき、鋭い声が響き渡った。 「そこでなにをしている!」  同時に、押さえつけられていた力がふっと緩まり、おれはどうにか水の上に顔を出す。パニックで周りがよく見えない。心臓のばくばくはおさまらなかった。 「ウミト」  アスランが外廊に膝まづき、こっちに向かって手を差し出している。そこで、意識は途切れた。
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