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◇◇◇
「眠い?」
「ちょっと……」
熱を吐き出しあった余韻で少し気怠い体を寄せ合って、密やかに言葉を交わす。
既にジャージを着込んではいるが、精神的に肌と肌を密着させているかのような安心感があった。それはきっと、蟠っていた思いがなくなったから——。
(いや、廉がなくしてくれたからだ)
広い胸に顔を埋め、深く息をする。
すると、廉が手を背中に優しく滑らせながら「話、蒸し返すようで悪いけど」と話を始めた。
「俺がもともと男が好きな訳じゃないからって色々心配してたみたいだけど。俺だって、楓がやっぱ女が良かったってならないか不安になる時あるよ」
「え……」
「だって、楓が前に好きになってたのは女子なんだろ」
ぼそりと溢す声には、些か拗ねたような響きが混じっている。
(廉も同じだったんだ)
今の今まで、廉に向かう気持ちが大き過ぎて、「やっぱ女子がいい」と心変わりする自分を想像することなんて出来なかったが。
(でも......確かに、廉の立場になれば不安になっても仕方ない条件ではある、よな)
自分に精一杯で、相手のことを考えられていなかったことに気付く。廉の気持ちなんてお構いなしに、一方的に不安をぶつけた少し前の自分が酷く幼く思えた。
すると、しゅんとなった楓の頭に廉の手が伸びてきた。おでこから差し込まれた指が前髪を掻き上げて、顕になった額に唇が寄せられる。そこは昔の切り傷の跡がある場所だ。
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