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ホットコーヒーを啜る。傍らでは綿貫と橋本がさっき観た映画が面白かったかどうかで言い合いをしていた。
「だって役者が全員棒読みな上にストーリーもありきたりだったじゃん。俺、開始二十分でオチがわかったもん。案の定、ヒロインが死んでお涙頂戴だぞ」
「そのヒロインが可愛かったからいいだろ。全部帳消しだよ」
「綿貫は女優の綾継さんが好きなだけでしょ。映画としては最悪だね」
「いいんだよ、どれだけ映画がつまらなくても大画面で綾継さんが見られれば。制服姿のドアップ、あれは監督がよくわかってるわ」
「あ、映画がつまらないって認めた」
「それは言葉の綾だよ。綾継さんだけに」
「うるさいな」
俺は映画がつまらなかったしヒロインの綾継さんが可愛かったとも思うから、どちらにも肩入れしない。綿貫が買ったパンフレットも読み終わった。それでもまだ争いが終わらないのでこうしてコーヒーを啜り、ぼんやりと外を見ている。
それにしても人が多い。俺達の地元から電車で四十分離れただけなのに、これだけの人混みとは驚きだ。大学に進学するならこういう垢抜けた街に住みたい。いっそ東京に出てみようか。でもちょっと怖いから、この二人を言いくるめて都内の大学へ一緒に進学しようかな。そんなことを考えていたら、一人の男が目に留まった。
「なあ。あれ、カトセンじゃね」
テーブルを軽く叩き二人に呼びかける。俺達の高校で美術を担当する加藤先生が、人混みの中を駆けていた。口調は穏やかで笑うと糸のように目の細くなる、怒った姿の想像もつかない太った中年の先生である。大股開きで走る姿はなかなか迫力があった。
「師走に先生が本当に走るのって何か笑えるな」
橋本の呟きに吹き出す。
「確かにまんまだな。師走に師が走っちゃ駄目だろ」
「いや、別に駄目ではないぞ。まんま過ぎて笑っちゃうだけで」
三人で加藤先生を見守る。信号に引っかかった。膝に手をついている。コートを脱ぐと前を開けた背広が姿を現した。突き出たお腹が苦しいのかな。ここからは結構距離があるけど肩で息をしているのがわかる。それでも、信号が青に変わると一目散に走り出した。窓に顔を付け可能な限り見送る。二十メートルほどで先生は走るのをやめた。よろよろと歩いている。しかしまた走り出した。歩く。走る。歩く。走る。その繰り返し。新手の健康法か。やがて雑踏に紛れ見えなくなった。俺の頬にガラスの冷たさが残った。
「行っちゃったね」
綿貫が目を伏せ呟いた。
「何でちょっと寂しそうなんだよ」
「綾継さんの真似。さっきの映画であったじゃん、主人公を見送るシーン」
「やかましいわ。どんだけ綾継さんが好きなんだ」
額に手刀を見舞う。脂がついたのでおしぼりで丁寧に拭った。失礼だぞ、という抗議には耳を貸さない。
「しかしカトセン、随分急いでいたな。用事に遅れそうなのかね」
橋本の言葉に、テーブルに突っ伏していた綿貫が顔を上げる。唇を歪め、デートだろ、と言い切った。下世話を絵に描いたような顔をするな。
「彼女との待ち合わせに遅れそうなんだよ。でなけりゃあんなに急がない」
「そうか? 彼女以外との待ち合わせでも遅刻しそうならあのくらい急ぐだろ」
「俺は遅刻するだろうなって思ったら諦めるよ。どうせ走ったって歩いた時と大差無いし」
橋本の何気無い言葉。それが俺の癇に触った。おい、と低く呼び掛ける。
「橋本、何で諦めるんだ。走れ。遅れるな。あのな、最近のお前は遅刻が多すぎる。なんならお前の遅刻を見越して待ち合わせ時間を早く設定するようになった。結果、俺と綿貫は必要以上に早く来る羽目になっている。不公平だろ、なあ。お前がちゃんと遅刻しないように家を出ていれば俺達はもっとのんびり支度を出来るんだよ。わかってんのかコラ。わかった上で今の発言をしたんだろうなぁ」
思いがけず声と口調が荒くなる。橋本は目を丸くした。だが驚いているのは俺も同じだ。どんだけ腹に据えかねていたんだ、俺。でも引っ込みがつかない。口にした言葉は戻らない。どうしよう。
「おい、おい。落ち着け田中、急にヒートアップするな。びっくりする。でも不公平だって言ってくれてありがとう」
綿貫が手を伸ばし俺を制した。よし、よくやった綿貫。助かった。内心で親指を立てる。橋本は、ごめん、と呟いた。
「でも俺はこれからも遅刻をするだろうから集合時間は早目に設定してくれ」
「ごめんって言うなら反省しろや」
「まあまあ。それよりカトセンが走っていた理由、気にならない?」
舌打ちをして背もたれに寄りかかる。綿貫が話題を戻したのは、気を遣ったのもあるが実際気になっているのだろう。長い付き合いだ、それくらいわかる。まあ、地元から離れた街で自分の通う学校の先生が疾走している場に出くわす確率は非常に低い。それもアラフォーの太っちょおじさんが全力疾走していたのだ。確かに面白い。理由、か。
「俺はやっぱりデート説を推す。この寒いのにコートを脱ぎ捨てるくらい必死で走っているんだぞ。カトセンもいい歳だし、できた彼女を逃せないんじゃない?」
綿貫は改めてデート説を提唱した。しかしアラフォーおじさんの恋愛事情で舌舐りをするのはどうかと思うぞ。
「あ、今日は十二月二十八日でしょ。学校も仕事納めなんじゃないの。先生達も忘年会を開くとか。それなら遅刻出来ないじゃん」
橋本が新説を出した。なるほど、と俺も頷く。
「職場の忘年会か。そりゃ遅刻出来ないな」
「いや、それは無い」
綿貫が待ったをかけた。そこまで断定するとは。
「何で」
「うちの学校、いつも四丁目の焼き鳥屋で忘年会をやるんだもん。俺の親父の友達がそこの大将なんだよね」
「そうなんだ。じゃあ忘年会じゃないか」
「ちなみに酒癖が悪いのは数学の榎田と英語の松村だ。絡み酒ってやつ。アルハラなんて今時よくやるよな。去年はその二人が道で殴り合いの喧嘩を始めて止めに入った教頭の織田先生がぶん殴られたらしいぞ」
「クビにしろそんな先生達」
「でも教頭も昔は酒飲んで荒くれていた者だから強く言えなかったらしい。因果応報だなって大将が笑ってた」
「そんな話を生徒のお前にするなよ」
いくら普段教師の顔をしていても、皆中身は同じ人間なのだ。それはそれとして、暴力はいけない。酔っ払ったら人を殴っていいなんて道理は通らない。でも俺も酒を飲んだらそうなるかも知れない。橋本の遅刻癖に対して頭に血が昇ったことを考える。お酒を飲むようになっても衝動に身を任せまい、と密かに誓った。
「それで、田中は何だと思う。カトセンが走っていた理由」
予想を口にしていないのは俺だけか。デートの案は綿貫に取られた。職場の忘年会は有り得ない。
「普通に飲み会じゃないの。別に職場の人以外とも会を開くだろ。年末だし、それこそ友達と忘年会とか」
俺の答えに二人がまじまじとこちらを見た。居たたまれなくて、何だよ、とコーヒーを啜る。
「面白くない答え」
「普通すぎるな」
「お前ら頭からコーヒーかけたろか」
鼻を鳴らす。二人の答えも面白かったとは思わない。しかし揃って否定されるとちょっと悔しい。面白い答え。どんな想像を膨らませられるか。
「じゃあ美術部の生徒と爛れた関係にある、とかどうだ。面白いか」
浮かんだまま口にする。橋本は眉を顰め、綿貫は目を輝かせた。対照的な反応だ。
「それはひどいよ田中。先生を犯罪者に仕立て上げるなんて」
「いや、素晴らしい閃きだ。何というか、こう、エッチじゃないか」
二人の発言は本当に真逆だった。こんなに意見が割れることってあるんだ、と妙なところに感心する。それで、と綿貫が促した。
「もっと具体的にお前の想像を聞かせてくれ」
「えぇ、先生が可哀想じゃん。やめとけよ二人とも。確かに状況はちょっとエッチだけどさ」
「ほら、橋本も本当は興味があるんだろ。別にカトセンが実際にそういうことをしているわけじゃないんだからさ。聞こうぜ、田中の煩悩を」
「恥ずかしい言い方はやめろ。他のお客さんに聞かれたら俺が凄い変態みたいだろうが」
「諦めろ。お前は変態だ。その下心を解放するがいい」
「まあ真面目な田中の下世話な話は聞いてみたいかもなぁ」
おかしい。さっきまで止める側だった橋本もいつの間にか乗り気になっている。悔しさから適当なことを口にしたが、予想より食いつきがいい。カトセンが変態だとは思っていないがどうも後にひけなくなってきた。絶対に現実とは違うからな、と強く前置きをする。二人は深く頷いた。
「カトセンは美術部の顧問だ。当然、部員に指導をするわな。その中でも美大への進学を希望する生徒がいて、部の活動とは別にカトセンへ個人的な指導をお願いした。美術の教員として、カトセンも熱心に指導する。普段は冴えない中年のおじさんが、絵画に対する的確な助言と秘めた情熱を二人きりの時だけは見せてくれた。先生、素敵。格好いい。その憧れは美術の道を進むが故であったはずが、いつしか恋心へと変わり、生徒はとうとう想いを伝えるのであった。そして二人はただならぬ、爛れた関係になった。人目につくわけにはいかないから、地元から離れたこの街で待ち合わせをした、と」
ついでに先生が走り去った方角を指差す。
「あっち、歓楽街だし。そういうホテルあるし」
「ホ、ホ、ホテーぇぇルっ」
綿貫が絶叫した。店内の人々が一斉に振り返る。橋本と同時に両隣から綿貫をぶん殴った。カウンターに向かって、すみません、と頭を下げる。
「デカイ声を出すなバカ。ホテル一つでどんだけ興奮してんだ」
「だってお前、そんな、いやでも、駄目だろそれは。犯罪だよ。いけないよ。アラフォーおじさんと夢に向かい突き進んでいたはずの女子高生が、そんな」
「女子高生とは限らないでしょ。男子高校生かも」
「どう転んでも犯罪じゃねぇか。許さんぞそんな淫らな行いは。俺、先生を止めてくる。犯罪なんて駄目だ」
立ち上がろうとする綿貫をもう一発叩く。
「落ち着け。俺の妄想だ」
俺の言葉に、奴はしばし呆けた。椅子に座り口を開けた。かと思えば、腕組みをして唸り出す。橋本と顔を見合わせる。こいつ、どうした。わかんない。視線だけでやり取りをする。埓があかないので、おい、と声をかけた。顔を上げた綿貫は、俺の目を真っ直ぐに見た。
「お前、変態だな」
「やかましい」
「それだけのために間を取りすぎだよ綿貫」
溜息をつく。俺だって男子高校生だ。スケベな妄想くらいいくらでも出てくる。しかし求められたから提供したのに、変態呼ばわりとは失礼な。
「まあ田中の話はよく考えれば在り来たりな妄想だったけどさ。身の回りにいる人を具体的に当てはめるのはちょっと、ねぇ」
「現実感がありすぎると言うか、生々しくて胸焼けがする」
「お前らが面白い考えを出せって求めるから応えただけだ。それをひどい言いようだな」
「カトセン可哀想。田中に変態扱いされちゃって可哀想」
「あんなに優しい先生なのに、田中、ひどい」
「もういいわ。勝手に言ってろ」
窓へ向き直る。後ろから、最低だの変態だの聞こえるが、無視だ無視。やってられるか。
それにしても、実際先生があんなに全力疾走していた理由は何だろう。年が明けてもまだ気になっていたら訊いてみるか。
年明け最初の登校日。失礼します、と放課後の美術準備室を訪れた。中ではカトセンがコーヒーを飲んでいた。
「おう、田中に橋本、綿貫か。どうした、珍しいな」
三人とも選択授業で美術をとっているのでカトセンとは顔見知りだ。それでも迷わず俺達の名前が出てくるあたり、この人も教師なんだなと実感した。
「実は俺達、十二月二十八日に先生が東南町でダッシュしているところを目撃しまして」
「何であんなにダッシュしていたのか気になって、訊きに来ちゃいました」
綿貫と橋本は既に興味を失っていたのだが頼み込んで連れて来た。年末年始の間、何でだろう、とふとした瞬間頭を過ぎる程、俺は気になってしまったのだ。自分でも意味がわからない。もっと有意義な思考に時間を費やしたかった。二十八日か、と先生はコーヒーカップを置いた。
「あの日は特別な一日になるはずだった。いや、ある意味特別な日にはなった。本当に大変だったよ」
そう言って遠い目をした。窓の外を見るなら格好もつくが、天井を眺めても柄か染みしか無いですよ。
「夜、食事の約束をしていてな。予約したレストランへ昼間の内に一人で行ったんだ。指輪を渡す手はずを整えたくて」
「おぉ、指輪。プロポーズっすか。ほら見ろ、やっぱりデートだったんだ」
綿貫が声を弾ませた。まあレストランで指輪とくればデート、プロポーズだわな。俺は肩を竦め橋本は首を一つ振った。先生は淡々と話を続けた。
「ところが店に着いたら予約は受けていないと言うんだ。そんなはずはない、とネットの予約画面を見せた。そうしたら、折り返しの電話には出られましたかと訊かれた。覚えはない。そう伝えると、その場で携帯に電話をかけられた。表示された番号と同じ物は履歴にありませんか。店員の言葉に急いで確認した。十日前、九日前、四日前にかかってきていた。全部無視していた。知らない番号だから」
「検索とかしなかったんですか」
「しなかった。どうせいたずらか間違い電話、あとは営業か何かだと思ったから」
こめかみを揉む。教師としてその適当さはいかがなものか。
「予約は成立していないこと、既に満席であることを告げられた。何を言っても無駄だった。急いで周囲の店を調べたが、どこもいっぱいだった」
「そりゃあ忘年会シーズンですからねぇ」
綿貫が応じる。お前が忘年会の何を知っている、まだ未成年のくせに。しかし先生はそうなんだよ、とやけに熱を込めて綿貫の肩を叩いた。ですよねぇ、と奴も笑う。何なんだこの二人。
「店が空いていないのなら選択肢は二つ。会を中止にするか、家に呼ぶか。前者は一生さようなら、に直結する気がした。迷わず後者を選んだ。ホームパーティーだ。幸い、独り暮らしが二十年続いたおかげで俺は料理が出来る。まだギリギリ仕度可能な時間だった。急いで食材を買い込み、自宅で仕込みを整えた。待ち合わせの一時間前、彼女には店の都合で予約が駄目になった、とメールを入れた。だからうちでパーティーをしよう、と。住所と最寄駅も添えて」
「災い転じて福となす、ですね。自宅に連れ込むなんて先生流石っす」
破顔一笑の綿貫に対し、しかし先生の眉尻は下がった。
「すぐに彼女から電話がかかってきた。自宅には行かない、と」
思わず橋本と顔を見合わせる。彼女なのに彼氏の自宅には行かない。
「え、何でですか」
カトセンは溜息をついた。また遠い目をする。せめて外を見てください。天井を物憂げに見詰められると結構気が抜けます。
「男性の家には行きたくない。ましてや二人でパーティーなんて、全力で拒否する。そう言われた」
話が見えてこない。どういうことっすか、と綿貫が手を挙げる。
「彼女さんなんですよね。彼氏の家に行くのが嫌だっておかしくないですか」
「俺は彼氏じゃないよ」
唐突な情報に混乱が深まる。
「いや、だって先生、彼女彼女って」
「あぁ、恋人としての彼女じゃなくて、あの女の人って意味の彼女ね」
ややこしいな、と言いかけぐっと堪える。あれ、そうだとすると、まさかこの人は。隣を見ると橋本の顔からも血の気が引いていた。恐らく俺と同じ答えに至ったのだ。綿貫だけはまだ首を捻っている。先生は俺達の様子に気付いているのかどうなのか、ともかくまだ話を続けた。
「だから俺も彼女に伝えたんだ。もう食材は仕込んだし、プレゼントも準備した。やましいことも下心も無いから、うちでパーティーをしよう。そう言った」
「どうなりました」
「食事くらいなら我慢して付き合っていたが、もう耐え切れない。今度連絡したら警察を呼ぶ。そう返された」
「警察?」
あぁ、この先生はよくまだ先生でいられるなぁ。優しい人だけどヤバい奴じゃないか。
「まあ、その、なんだ。あんまりしつこくすると女性は振り返ってくれないってことだな」
先生は唐突に、かつ絶妙に話をボカシた。流石に喋りすぎたと思ったのか。
「先生、相手はお酒を飲んでも問題の無い歳ですか」
絶妙にボカサず橋本が切り込んだ。
「お酒を飲んだら問題がある。でも制服は着ていない。今年の三月に脱いで、今は大学で絵筆を握っている」
やっぱりバカだこの先生。我慢出来ず頭を抱える。それを見て、先生は二、三度咳払いをした。
「いや、今の話はあれだ、作り話だ。びっくりしたか。はっはっは。本当はトイレに行きたくて走っていたんだよ。あの街にいたのは画材を買いに行ったから。そういうことだ。冗談だ冗談。全部嘘。だから誰にも言うなよ。何故って、冗談なんだから」
取り繕い方も下手くそだ。目も当てられない。
「そうですよね、びっくりした。まさかうちの卒業生に懸想して、その上付き合っていないのに家へ呼んで指輪まであげようとしていたのかと思いましたよ。そりゃあ冗談ですよね」
全部言っちゃった。綿貫が全部言っちゃった。それが事実なんだよ。先生も全部言っちゃってヤバイと思ったから、嘘だの冗談だのって誤魔化そうとしているの。バカにバカがぶつかるとこんなにも大惨事になるのか。
「そうだよ、冗談だよ。傍から聞くと、俺、大犯罪者でド変態だな。はっはっは。さあ、そろそろ日も暮れる。もう帰りなさい」
先生の申し出に全力で飛び乗ることにした。遅くまですみませんでした、と頭を下げる。
「失礼します」
三人揃って美術準備室を後にした。面白かったな、と何度も言う綿貫を無視して無言で昇降口へ向かう。正門を出てすぐに綿貫の両肩を掴んだ。
「誰にも言うなよ、今のカトセンの話。例え作り話だとしても、家族にも、クラスメイトにもだ」
目をパチクリさせている綿貫の隣では橋本が何度も頷いていた。
「え、何で。別に話しても良くない? 作り話なんだから」
「今の話をしたらカトセンは変態教師のレッテルを貼られる。そして、未成年に手を出そうとした罪か何かで非常にまずいことになる。俺は、先生の人生にそこまでの責任は持てない。だからさっきの話は嘘だったってことにして聞き流すし、誰にも話さない。橋本もそうだよな」
「当たり前じゃん。何で気付かないんだよ、綿貫。あれ、作り話じゃなくてあの日マジであったことだよ」
俺達の言葉にまたもや首を捻っている。その首、一回転させてやろうか。やがて我らの愛すべきバカは顔を上げた。
「マジの話だったのか。先生、変態じゃん」
「だから誰にも話すな。いいな。変態を庇うわけではないが、先生がとっ捕まる原因が俺達になると絶対面倒臭い。まあ、あの調子じゃあいずれ自分でボロを出すだろうけど」
やれやれ、ようやく理解したか。本当に、面倒事に巻き込まれるのも他人の人生に責任を持つのもごめんだ。先生が誰に恋をしようがどこで捕まろうが俺の、俺達の知ったことじゃない。他所でやってくれ。
綿貫はまた首を傾げた。今度はどうした、と声をかける。腹でも痛いの、と橋本が肩を叩いた。再び顔を上げた綿貫は、また俺の目を真っ直ぐに見詰めた。
「お前があの日聞かせてくれた妄想、結構変態だと思ったけどさ。現実には天然物のもっと強烈な変態がいるんだな。どんまい」
「何で慰めたんだよ」
手刀を見舞う。悶絶する綿貫と、隣で笑う橋本を置いて歩き出す。事実は小説より奇なり。俺の妄想よりカトセンの現実の方が変態度が高い。別に勝ちたいとは微塵も思わないし、むしろ思ったら駄目なのだけど。何故だろう。どうしてかな。
ちょっと、悔しい。
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