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⑦
「ぐ、うぅ」
情けない。アラフィフの男が涙を止められずに、喉を震わせている。
「恥ずかしいったら……左のポケットにハンカチを入れてあるから、拭きなさいよ」
葉月に言われ、鼻を啜りながらポケットに手を突っ込んだ。
かさり。
ハンカチと一緒に、四つに畳まれた二枚綴りの紙の感触が指に触れた。急いで取り出す。
「……手紙!?」
それは、折り紙でもなく、メモ用紙でもなく、季節に合った薄桃色の便箋で、開くと文章面には桜の模様があしらわれていた。
────出発前に結愛がポケットに手を突っ込んだのは、これを渡してくれるためだったのか。
光汰は新しい涙をぱたぱたと零しながら、すっかり大人の文字になった文章を目で追った。
「お父さん。ここまで見守ってきてくれてありがとう。素直になれなくて反抗した時期もあったけど、お父さんが私を大切に思ってくれている気持ちにいつも励まされてきました。結愛はかわいい、結愛は賢い、結愛はなんでもできる。お父さんがそう信じてくれていたから、私もお父さんを信じて難しいことに挑戦できていたんだよ。実際の私はまだまだだけど、これからもお父さんの言葉を信じて、できることを増やしていきます。頑張ってくるから、これからも私を見守っていてね」
最後に「大好きなお父さんへ、結愛より」と書いてある。
二枚目は心遣いの白紙だろうか。やはり結愛は大人になった。
涙がとめどなく溢れてきて、手紙と一緒に取り出していたハンカチで拭う。それから、念のため二枚目を確認した。
「……え"っ」
鼻水が激しく垂れてきたいたせいもあるが、驚きでひしゃげたような声が出た。
「ちょっと、鼻水! 汚いから鼻をかみなさいよ、右側のポケットにテイッシュがあるから!」
葉月に言われて、ほぼ反射的に手を突っ込んだ。
がさり。
するとこちらにも、畳まれた紙の感触。
急いで取り出す。
頭の中では、結愛の二枚目の手紙の文字が巡っていた。
「あっ……」
それは、離婚届だった。
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