第36話 エルフの娯楽

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第36話 エルフの娯楽

 ここはエルフの杜の中にある、エルフたちが住んでいた村。  今日はエリスと2人で村の中を散策する。  気候は穏やかで、暑くも寒くもない。  ちょうどいい温度。  乾燥もしてなく、それでいて適度な湿度。  太陽からの日差しは森の枝と葉でできたアーケードの天井により緩和され、間接照明のように俺たちを優しく照らす。  非常に過ごしやすい環境だ。  このような場所で、かつて幼少時に過ごしたエリスは、歩きながら思い出の場所を懐かしそうに、一つ一つ俺に説明してくれるのだった。 「よくここで遊んだものです」 「ふ~ん」 「この木に登って、葉の上で寝てたりしました」 「ふ~ん」 「よくここで座っては、暇潰しのために葉をむしって木を丸坊主にさせてました」 「ふ~ん」 「ここで小鳥たちと、空まで追いかけっこをしました」 「ふ~ん」 「ここでは……」  このエリスの昔話、いったいいつまで続くんだろう?  エリスって何歳だっけ?  200年位生きてんだっけ?  そしたら200年分の出来事を聞かされるわけ?  そんなの歴史の教科書何ページ分だよ!  日本だったら江戸時代からの話じゃねーか!? 「……そこで私がですね」 「ちょっとエリス、いいかな?」 「どうしましたか?」 「そろそろ家の中の探索というか……」 「探索?」 「使えそうな物とかないか、探し回った方が……」 「使えそうなもの?ですか? そうですね……それな……バルトおじ様の所へ向かいましょうか」  ――というわけで俺はエリスに連れられて、バルトというエルフが住んでいたという家までやって来たのだった――  その家の外見は、他のエルフの家っぽい普通な様子。  だが中に入ると、いたるところに用途不明の小物やら道具が置かれていた。 「この村のバルトおじ様は、1000年ほど生きていたエルフで、多才な趣味をお持ちの方でした」 「へー それにしても凄いコレクションの数だな」  まるで骨董店みたいだ。 「1000年も生きてますと、やることなすこと全て飽きてしまって、新たに色んな趣味に挑戦されて過ごしておられました」 「まー 飽きるよな、そんだけの年月があれば」 「何百年何千年と生きていれば、趣味も増えるというもの。様々なものを発明したり収集した結果が、これです」 「なるほどね」  しかし、ざっと見渡しても、いったいどうやって使うのか、よく分からないものが大量にあるだけだ。 「ここにあるのは楽器ですね。私もよく使わせてもらいました」  そう言ってエリスが懐かしそうに手にしたものは、小さな太鼓のようなもの。  叩いたりするのは分かるけど、この筒みたいなものは笛なのか?  棚に置いてある、長さ太さ大きさ様々なパイプ状の筒を、転がしてみたりする。 「これらは横笛ですね、吹いてみましょうか?」 「吹けるのか?」 「ええ」  エリスは得意気に笛を咥えると、村全体に音色を響かせた。  ヴィヴォ゛ー!!   オオォオ゛ッグ――グブゥブ――!!  ボーグッズ――ブボボ――!! 「どうですか? 良い音色でしょう?」 「…………前衛的な音色だな」 「こちらは……」 「いや、もういいよ」  この辺にあるのは全部楽器なんだな。  鍵盤がついたものも、ギターやヴァイオリンのような弦楽器まで……  で、これはヴァイオリンを弾くための弦……  あれ?  それにしては大きすぎる。  弦は弦でも…… 「エリス、これって弓?」 「ええ、そうみたいですね」  だよね、この大きさは弓だよね。  この形は俺の知っている弓だ。異世界でも似たような形してる。万国共通なんだな弓矢って。 「へー やっぱりエルフといえば弓だよな」 「……なにがですか?」 「いや、ほら。エルフが得意な武器って弓矢じゃないの?」 「こんな物騒なもの持ちませんよ」 「……え?」 「それに私はナイフより重い物は持てないので」  予想外の回答。  エルフってよく弓矢を使ってるイメージなんですけど?  単にエリスが使わないだけとか? 「弓矢、使わないの?」 「何に使うのですか?」 「え? 鳥を射ったり……」 「なんのために射らなければならないのですか?」 「……」 「食べるために鳥なんか射ちませんよ。カズヤ様じゃないんですから」 「じ、じゃあ、猪とか……」 「なんのために動物を射らなければならないのですか?」 「……」 「食べませんよ」 「敵とかやってきたら……」 「魔法使えばいいじゃないですか?」 「……」 「弓矢はむしろカズヤ様が使うべきものでしょう? 魔法使えないんですし」 「そらゃあ、そうだけど」 「大きなワシや飛竜などに襲われたらどうするのです?」 「そう言われればそうだけど……」  まさかの新事実。  エルフは弓矢を使わない!! 「きっとバルトおじ様が趣味で使っていたのでしょう。せっかくですので、これを借りて練習でもしてください」 「へい……」 「それよりも私はこれを……」  弓と矢を俺に渡すと、エリスはふらふらっと奥へと行き…… 「これをお借りしていきます」  持ってきたのは1本の長い棒?  いや、よく見ると先端から糸が吊るされ、その糸の先には針が。 「それ、釣竿じゃね!?」 「そうみたいですね」 「エルフも魚、釣るんだ 」 「釣りません」 「え?」 「釣ってどうするのです?」 「魚を……」 「食べません」 「……」 「おじ様はきっと趣味で、釣りを楽しんでいたのでしょう」 「そういうもんなのかね」 「私はこれを借りていきます」 「なんだよ、エリスも釣りするんじゃん」 「私はこの針と糸が欲しいのです」 「え?」 「服を縫いたいのです。この崩壊した世界で、針と糸がなかなか見つからないので、これで代用することにします」 「ちよっとまてよ! その針じゃ……」 「真っ直ぐに直します」 「やめてくれよ! 俺、釣りしたいんだよ! 魚、食いたいんだよ! そんなことしたら使えなくなるじゃんかよ!!」 「やめてください。そんな生臭いもの食べるなんて」 「それは俺がもらう!」 「だめです。これは私が!」  こうして小一時間……  釣竿をめぐる俺とエリスの攻防が始まったのだ…… 「わかった! 分かったから! エリス! 他の家を探して、針と糸が無かったら、これ使っていいから!」    頑固なエリスには応じる気配は全く見えなかったので、ここは俺がおれることにした。 「仕方ありませんね。あまり泥棒のようなことはしたくはないのですが」  今さら泥棒みたいなことしたくないって、さんざん似たようなことやってきてるじゃん。 「まったく! 弓矢で鳥や獣を狩り、釣竿で魚を釣ろうなどとは! これだから人間は低俗で野蛮なんです!」 「すみませんね、救世主として人類を代表して謝りますよ」  よし、これで一気に食料確保の手段が増えた。  でも、エリスにバレないように使わないと、後でなに言われるか堪ったもんじゃない……
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