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二日酔いでガンガンする頭と、見知らぬ天井。そして裸の自分と知らない男(裸)・・・。
やってしまった・・・。
昨日は久々の会社の飲み会で、オレは珍しくすごく酔ってしまった。
そんなに飲んだわけじゃなかったのに連日の激務で疲れ切っていたからか、いつもより酔いが早くて、気づいた時には頭がふらついていた。
まずいと思って二次会を辞退して帰ったけれど・・・なんでこうなったのだろう。
思い出そうにも頭が痛すぎて今は考えられない。だけどこの状況は非常にまずい。
オレはそっと隣のヤツを見る。
アルファだ。
まだぐっすり眠るそいつからはぞくりとするような甘い香りがする。それが香水でないと分かるのは、そこに含まれるフェロモンにオレが反応してるからだ。
そんなアルファと、ラブホテルと思しき一室で裸で寝てるということは・・・。
オレの顔から血の気が引いていく。
オレは布団をめくって自分の身体を見る。するとそこには夥しい数の赤いあざと噛み跡が・・・。それを見てぎょっとなったオレは慌ててうなじに手をやった。
噛まれてない。
触れたうなじに噛まれた跡はなく、オレはそっと胸を撫で下ろす。
とりあえず、最悪の事態は免れたようだ。だけどそいつとはしっかりいたしたようで、身体中の至る所に痕跡とそいつの香りがべっとりまとわりついている。しかも後孔からは少し動くだけでそいつの出したものが溢れ出す。
生でしたんだ・・・。
見ればベッドサイドにはちゃんとゴムが置いてある。なのにそれを使った形跡は無い。
恐らく相手も酔ってたのだろう。ここはお互い様ということで、責めることは出来ない。
とにかくここから早く逃げなければ。
酔った勢いとはいえ、知らない奴といたした朝に顔を合わせるのはさすがに気まずい。
オレは本当はシャワーを浴びたいところをぐっと堪えて身支度すると、そいつが起きないように静かに部屋を出た。そしてフロントで会計を済ますとすぐさまタクシーへと乗り込む。そしてカバンから薬を取り出すとそれを口に放り込んだ。本当は水で流し込みたいことろだけど、急いで乗ったタクシーに水はなく、けれど少しでも早く飲みたかったオレはそれをそのまま飲み下した。
アフターピル。
発情期はまだ先で、アルファもいる飲み会のため抑制剤も飲んでいた。だから万が一など有り得ない。有り得ないけど、ほんの少しの可能性も潰しておきたい。
だからもう、これで大丈夫・・・。
これでようやく、ずっと強ばっていた身体から力が抜けた。
何も言わずに帰ったことに多少良心が痛んだけれど、もう二度と会うこともない相手だ。犬にでも噛まれたと思って忘れよう。だからあっちも、変なオメガに引っかかったと思って忘れて欲しい。
そう思ってオレは、このことを記憶から抹消することにした。
こんなこと、オメガなら珍しい事じゃない。
そう思うのに、なぜか心が悲しくて、気を抜くと不意にその人の香りと寝顔を思い出してしまう。だから必死に考えないようにして記憶から消し去ろうとしけれど、どうしても忘れることは出来なかった。そんな日々を送った一月後、オレは思わぬ言葉を耳にする。
「おめでとうございます。妊娠しています」
その医師の言葉に、オレの頭は真っ白になる。
え?
今なんて?
妊娠?
呆然とするオレに状況を察したのか、医師は診察の結果と今後のことを言うと、最後に用紙を一枚差し出した。
「もし出産を望まれない場合はなるべく早くこちらを出してください」
医師が出したその紙は『人工中絶 同意書』だった。オレはそれを受け取り、その日はそのまま家に帰った。
家に着くと、オレはそのままソファに座り込む。
どれくらいそうしていていたのか、部屋はすっかり暗くなっていたというのに、オレは上着も脱がずバッグも肩に掛けたままだった。
妊娠・・・。
まだ呆然としたままバッグから先程医師から貰った用紙を出す。
本当にオレが妊娠・・・。
用紙の文字を見て、ようやく頭が動き出す。そして無意識にお腹に手を当てた。
ここに・・・いるんだ。
あんなにまでしてどうして妊娠したのかとか、これからどうしようかとか、そんなことどうでも良かった。ただここに新しい命が芽吹いたという事実が、オレの心を熱くする。
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