第三十四章 浮気してもいいと言ったのは取り消す

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 次に、電話してから母に会いに行った。七年前、僕らの再構築に大反対していた母も、近年は消極的ながら再構築に理解を示すようになっていた。  母は二人目懐妊の知らせかと勝手に思い込んでいて、そうではないと否定した上で茉利子が土下座している動画を見せた。  「七年前、母さんは茉利子が不倫していたマンションから引っ越さずにそこに住み続けることを条件に僕らの再構築を認めてくれた。それはたぶん僕らの住み心地を悪くして、再構築を失敗させるためだよね? でもね、嫌がらせが効きすぎて、悠までいじめられるようになってしまった。母さんとの約束を反故にして三人でこの街から出ていくことにしたけど、まだ反対する?」  孫が学校でいじめられていると聞いて、母は心から驚いていた。  「保の好きにしなさい。でも引越し先はきっと遠くになるんだよね。お父さんが亡くなった上に、息子とも孫ともなかなか会えなくなるなんて、お母さんは何を楽しみに生きていけばいいんだろうね」  「もし保とお義母さんがよかったらだけど――」  そこで茉利子が思わぬ提案をした。  「お義母さんもいっしょに四人で暮らすというのはどうだろう?」  「君はそれでいいの?」  「私は保と悠のそばにいられれば、どんな形でもいい。それに私の不始末のせいでお義母さんに寂しい思いをさせるわけにはいかないじゃないか」  母と悠の関係も良好だから、おそらく悠も反対しないだろう。母同居の話は簡単にまとまった。  もちろん、すべきことはまだたくさんある。他県の工場への異動を希望すると会社に伝え、承認してもらわなければならない。承認されたら新居探し。三千万円の示談金もあることだし、とりあえず賃貸物件に入居して、いい物件が見つかれば異動先周辺で建売住宅を購入するのもアリだ。  夢が膨らむとはこのことだ。昨日まで無気力だったのが嘘みたいだ。話し合いが終わる頃、母も茉利子も屈託のない笑顔になっていた。もちろん僕も。  悠はまだ一年生。学校が終わるのが早いから茉利子はここで帰宅させた。僕にはまだすべきことがある。  まず工場に向かい、工場長に会ってもらい、四月から他県の工場に異動したいと申し出た。その際、イチカから譲り受けた動画を見せ、家族が平和に暮らすためにはこの街を出るしかないんですと訴えると、いたく同情された。ある海のない県になかなか人が集まらず慢性的に人手不足の工場があって、そこなら異動できると言うので、お願いしますと頭を下げた。  夕方、日勤の玲也が退勤する間際、声をかけた。  「あれ? 保、昨日夜勤じゃなかったか? でもちょうどいい。おもしろい話があるから聞いてくれ。実は再婚した姉ちゃんがまた出戻って昨日からうちにいるんだ。なんでも性格悪い姑にさんざん嫁いびりされて、再婚した旦那もどうしようもないマザコンだったらしい。こんなことなら保がうちに居候してたとき押し倒して、保と再婚しとけばよかったって嘆いてるんだ。どう思う?」  なるほど、話としてはおもしろいが、今はそれどころではないので華麗にスルーさせてもらった。  「僕からも話がある。実はさっき工場長に異動を願い出て、四月からほかの工場に移ることになった」  「なんで急に!」  「もっと前に出ていくべきだったんだ」  と言って、イチカからもらった動画を見せた。この動画を誰かに見せたのは何度目だろう?  「照美さん、なんてことを……」  「茉利子は大勢に責められ、悠は学校でいじめられている。家族を守るためにはもうこの街から出ていくしかないんだ」  「七年前に不倫の動画を照美さんに送りまくったおれにも責任があるな。本当にすまない。なんて言っていいか……」  「いいさ。さっきも言ったけど、この件に関係なく、僕らはもっと早くこの街から出ていくべきだったんだ」  玲也にはそのあとも何度も謝られた。できることがあればなんでも言ってくれ、とも。  「じゃあ、僕らがこの街を離れる前にご両親と和解してほしいと奥さんに伝えておいて」  「分かった。任せてくれ」  玲也はそう告げて、ダッシュで休憩室を飛び出していった。
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