第一話 ぜんざい

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デパ地下の特設コーナーで杵つき餅が並んでいるのを見かけると、年末になったのだなと実感する。街の慌ただしさやおせち料理のディスプレイより、これが一番季節を感じる。 鏡餅に豆餅に角餅。丸餅がないことにまだ少し違和感があるけれど、地域差なので慣れるしかない。真空パックになっていない今だけのお餅はあまりに魅力的で、思わず手を伸ばしたくなる。 いや、だめだ……。 私は自らを制して、その場を離れた。 お正月にお餅を食べなくなって何年になるだろう。社会人になってからだから、もう五年か。 磯辺焼きにお雑煮に安倍川餅。すべてが恋しい。 醤油と海苔の香ばしさ、身体の温まる年始の幸せ、やさしい甘さのスイーツ。本当にお餅は素晴らしい。だけど、それを食べることができない。 私は物心ついた頃からお餅が大好きだった。季節を問わず食べていたけど、やっぱりお正月は特別で、毎年決まったお店で大量に注文していたほどだ。 普段は朝はパン派だけど、一月はお雑煮を朝食にするのも恒例で、気をつけないと太ってしまうほど食べていたと思う。 だけど、大学への進学を機に家を出て、ひとり暮らしを始めた時にふと思ってしまったのだ。万が一お餅を喉に詰まらせてしまったら、どうしようと。 あれは確か、お餅のレシピを検索していた時に、ニュース記事を見かけたんだったと思う。
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