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◇
「忘れものない?」
「ない」
「ほんとにー?」
玄関で革靴に足を収めた旦那が煩わしそうに肩越しに振り返る。
「行ってきますのちゅーとかしてくれてもいいのよ?」
「それ選ぶなら昨日の話帳消しにするからな」
昨日の話と言うのはデートの件である。
誕生日プレゼントの剥奪宣言とは、鬼か何かなのかしら。
どうやら自室に親切心を忘れてきているらしい。
「もう、つれない人なんだから」
冗談に乗って来てくれてもいいじゃない。
別に遅刻しそうな時間じゃないし。
拗ねる私を背に、愛すべき旦那が玄関に手をかける。
ガチャリ、とドアが開き、空が隙間から覗く。
天気予報通り崩れる心配はなさそうだ。
「緋咲」
そんなことをのほほんと思っていると、その人が半身振り返る。
「なぁに、どうしたの?」
「6月12日。一日空けとけ」
「へっ」
そのままバタン、とそのままドアが閉まりあの人の姿が見えなくなる。
6月12日。月曜日。
紛うことなく私の誕生日だ。
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