救われるべき者

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 翌朝、遠山が渡研の研究室に入ると、妙に空気が重かった。渡は機嫌の悪いライオンのような顔つきでデスクの上の書類の束を一枚一枚めくっていた。  筒井と宮下と松田は自分たちのデスクでしきりとパソコンで検索をしながら、赤ペンで書類の文章に訂正を入れている。遠山はおそるおそる渡に尋ねた。 「渡先生、珍しいですね、書類仕事とは。何かありましたか?」  渡は書類に目を落としたまま、顔も向けずに不機嫌丸出しの口調で答えた。 「来年度の研究員に欠員が出たのは知ってるだろう? 募集をかけたら応募が殺到したのはいいが、応募書類がまともに書けておらんのだ」  遠山は首を傾げながらさらに訊く。 「あれって確か、教養課程の人文系じゃなかったですか? どうしてまた理学部の渡先生がそんな仕事を?」 「私だけじゃなく、手が空いている教授陣はみんなやらされとるよ。しかし最近の大学生は応募書類すらまともに記入できんのか?」  遠山は何かを察して表情で、顔をしかめながら書類に赤ペンで訂正を書き込んでいる他の3人に視線を向けた。 「さては、君たちの机の上にあるのも、それかい?」  宮下が顔を上げてげんなりした表情で言う。 「ええ、渡先生一人じゃ大変なんでお手伝いしてるんですけどね。一体どうやったらこんな間違いだらけの書き方できるんでしょうね?」  筒井がパソコンの画面を見ながらほっとした口調で言う。 「ああ、やっと分かった。この大学なら『国際コミュニケーション学科』なんだ。いや『国際コミンテルン学科』って、革命家の養成学校かと思いましたよ」  遠山はうなずきながら言った。 「ははあ、そういう事か。自分が卒業した学科の名前まで間違えているのか」  松田も頭を抱えながら種類の一枚を机の上に放り投げた。 「こりゃたまりません。いや自分も文章を書くのは苦手な方ですが、こりゃ日本語になってない」  その時、渡の机の固定電話が鳴った。渡がしばらくうなずきながら聞いて、受話器を置き、全員に言った。 「よし、もうその作業はやらんでいい。今事務長から連絡があって、まともな応募者が決まったそうだ。後は全部不採用。はあ、助かった」
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