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あの日、君と見た夕暮れに
──見上げたあの日の空は、真っ赤な太陽が沈みかけて、茜色をした夕まぐれに染まろうとしていた。
「……ねぇ、コウ君! 赤トンボが飛んでるよ!」
「ホントだ、ミキちゃん。赤トンボだね」
「ねぇコウ君、追いかけてみようよ」
「あっ、待ってよ……ミキちゃん!」
オレンジ色の夕日の中、ミキちゃんが青々とした葉を繁らせて穂を重たそうに垂れる田んぼの細いあぜ道を、高く低く羽ばたいて飛ぶ赤トンボを追いかけて駆け出して行く。
そのランドセルをしょった華奢な背中を追いかけ、僕も懸命に後を追った。
「ハァハァ……あれ、赤トンボどっか行っちゃったね」
ミキちゃんがふと立ち止まって、ようやく追いついた僕の顔を振り返る。
いつの間にか、飛んでいたトンボの姿は何処へ行ったのか、目には見えなくなっていた。
「……トンボはいなくなっちゃったけど、夕焼けが赤トンボみたいだよ?」
赤トンボを見失って寂しげにもうかがえるミキちゃんを励まそうと、夕空を仰いで僕が言うと、
「うん、本当だね。お空が赤トンボみたいに、真っ赤だね」
ミキちゃんが、同じように空を仰いで答えた。
「ねぇもしかしたら、赤トンボがこの夕焼けを作ってくれたのかもしれないね、コウ君」
そう言って笑うミキちゃんの横顔が、射し込む西陽に仄かに赤らんで輝いて見えて、
「うん……きっとそうだね」
僕は、それしか言葉を返せなかった……。
──記憶の底に沈むあの日の夕焼けを、僕は今もずっと忘れられないでいる。
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