戦力外作家。クビを宣告された俺は生まれて初めて恋をするが彼女の愛し方が分からない。

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 初めて自分の本が書店に並んだ瞬間をよく覚えている。  百年に一度のなんたら流星群が地球に最も近づいた日で、大学近くのショッピングモールにある大型本屋にふらふらと吸い寄せられてライトノベルコーナーに向かう。その一歩一歩に血液が心臓に戻ってまた押し出されて全身を回っていく感覚を認識する。  いつも地面ばかり見ていた視線はしっかり目の前の景色を映していて、自信なさげな背中は伸び、ぽきぽきと背骨を鳴らしていた。引きつるような笑顔を引っ提げて不格好な歩き方で前へ進む俺の姿はさぞ滑稽だろう。しかしこうでもしないと身体が前には進まず、もしかしたら全部夢だったなんて悲惨なオチを想像してしまい油断すれば後退してそのまま向かいのスターバックスの列に並んでしまいそうだ。  こうしている間にも日本のどこかで俺の本が売れ、誰かが読み、おもしろいだの、つまらないだの、やっぱりおもしろいだのと論じているはずだ。もしつまらないと評されても編集者はある程度売れる算段で出版しているわけで俺に落ち度はないし、少しでも利益がとれれば二刊、三刊とシリーズが決定するだろう。  俺の作品は商業として認められたのだ。これまでただ誰かが作ったものを楽しみ利用し生きてきた消費者からたくさんの人間に娯楽を提供する生産者になったことがこんなにもたまらなくうれしいものだとは知らなかった。  胸が痛い。やっぱり胸だけじゃない。頭も目も膝もチン〇も全部痛い。今にもげぼって倒れて叫びたい気持ちを理性で抑えて、金賞を受賞したときのことを思い出していた。電話を受けて現実を理解するまでに八回抜いた。からからになって初めて夢から覚める。でも夢じゃなくてもう一回抜いた。抜きながら本当に俺が金賞を受賞するような物語を作り上げたのかという疑心暗鬼に駆られ不安が募った。それは数か月たった今も変わっていない。見てくれ。右脳は前へ前へ行きたがるのに左脳は後ろへ後ろへ行こうとする。公平に評価される恐怖との戦いが始まった。 「お客様ご気分が悪いのですか」  店員さんが俺の様子を気にかける。ふがふがと吐き出す鼻息に尋常じゃない汗。真夏だっていうのに悪寒がする。 「ラ、ライトノベルのし、新刊は……」  声がどもって明らかに変質者だ。そんな怪しさ全開の俺を優しくライトノベルコーナーに連れて行ってくれた店員さんには感謝しかない。  一体自分の本はどんな陳列で、どの棚に置かれているのか?  新人作家ということで扱いは小さいのか?  莫大なレーベルを扱う書店で俺を評価してくれたレーベルの戦闘力はどのあたりなのだろうか?   小説家になりたい一心で物語を執筆し、出来上がり次第締め切りが近いところから応募していた俺にとって業界内の評判とかもっといえば金払いがいいのかとかそういう情報には疎い。 「こちらになります」  立ち止まる。平積みにされた今月の新刊。  俺がいつも手に取っていた新刊のコーナーに、憧れと嫉妬と、なにより娯楽のために手に取っていたそのコーナーに。俺の本が何食わぬ顔でそこにあった。  著者名も表紙もなにもかもが俺でしかもそれが一冊、二冊じゃない。何冊もあるんだ。恐る恐る指で触れてみたその角があまりにとがっていて逝きそうになる。パンツを濡らすのを我慢して俺は両手で本を抱えると心の中で意気揚々に宣言した。『絶対に売れっ子作家になる』  それから五年後。俺は住宅地が連なる郊外の深夜のコンビニにいた。 「いらっしゃいませ~」  やる気のない自分の声と入店してきたデブに嫌気がさす。デブは物色することもなくカウンターに来て、 「旨うまチキン五個、アメリカンドッグ三個、肉まん五個」   とダルそうに言った。  こいつ一人で全部食うんだろうなぁとデブがコーラ片手に貪り食うイメージを考えてマスクの下で頬が緩む。 「おい、はやくしろよ」 「あぁすみません」  理不尽に怒られて俺は手早くオーダー通りのものを袋に詰めた。 「お支払いは?」 「カード」 「あぁはい。ありがとうございました~」  これが本日一回目の会話でたぶん本日最後の会話だ。あとは陽が出てきて酒とつまみを買っておしまい。  眠くなるまでプロットを書いて、ネットにあふれたくそみたいなゴシップをまとめて記事にしてあとは眠くなったら寝て起きる。そんな生活を続けていく間に担当編集と連絡がつかなくなって三か月がたっていた。  学歴一応大卒、職歴ほぼ皆無の二十六歳彼女なし童貞。これが今の俺のステータス。    これが夢破れたラノベ作家の末路。月見里北斗(やまなしほくと)の現在地。  もしタイムマシーンがあるのならあの頃の俺をぶん殴ってやりたい。今の俺なら専業作家になることを反対した親父の気持ちがよくわかる。どんな形でもいいから就職しとけって言ってやりたかった。
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