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次はないって言ったのに(上)
後輩が憎たらしくて、わざと雑用を押し付けたうえにロッカーの鍵穴へ噛み潰したガムを押し込んでみて、どうするだろうかと反応をチラ見していたら「あらま、なんて古風」と笑ってチョコレートとサラダ油で綺麗に拭って帰って行きやがった。
跡形もないじゃん、と同期に言われて得意顔。
これで二回目、さすがに次はないから。
そんな強がりを言って、指先を震わせている。
ひるんでいるくせに、生意気な、強がりな女。
明日は、挨拶を無視してやろうか。
体当たりしてやろうか。
それとも、話をしているところに近づいて耳を塞いでやろうかな。
マスクの中でニヤニヤとし、楽しくなってきたところでホームに滑り込んできた帰りの電車に乗った。
具合が悪いふりをして優先席を勝ち取り寝たふりしていると、キキーッと急ブレーキ。目の前でおばあさんが転んでうずくまる様子を薄目を開けてやり過ごす。痛そうしているけれど、どうせ誰かが助けるだろうし私は仕事してきたから譲気はない。
だって、疲れているんだから。
余裕ある人が、元気で偽善的な奴がやればいいんだ。
私は、私は仕事をして、そして……。
「だから言ったのに」
とつぜん、あいつが嬉しそうに呼びかける声が聞こえてきた。
どうして、どうして。
庶務の新人を脅して住所録を見せてもらったけれど、こっち方面の電車は使わないはず。
「次はないって、言ったじゃないですか」
ぬう、と目の前で転んでうずくまっていたおばあさんが顔を上げる。
ひぃっ、と声が裏返った。
おばあさんの顔は、後輩と瓜二つだった。
とても嬉しそうに私へ向かい、両目をにやつかせて。
記憶はここで途切れ、深く真っ暗なところへ、視界が急に突き落とされていくのを感じ、息苦しくなっていった。
かすかに耳をくすぐるような、アナウンスを聞きながら。
ただいまこの電車は脱線により横転してしまい、救助を要請している最中です。どうか皆様、その場を動かずに指示を、指示を……。
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