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mardi
――いっけなーい、遅刻遅刻!
そんな声が遠くから聞こえてきた。同時にバタバタと地面を蹴る音が近づいてくる。
目の前には十字路。俺が毎日の通学で通る場所だ。声の主もそこに向かっているのだろうか。
そして時折足音に混じって、カリッと軽く砕けるような音も聞こえる。まるでトーストの表面に歯を立てたときのような音だ。我ながら俺は耳が良い。
……うん、これはアレだな。
ラブコメなんかでよくあるファーストイベントだ。
曲がり角で食パンを咥えた美少女とぶつかって、それが偶然今日転校してきたばかりのクラスメイト、というパターンだろう。
お誂え向きに俺の隣の席は空いている。これはもう十中八九間違いない。
まさか今まで何のドラマのない日々を歩んでいた自分が、こんな夢にまで見たラブコメ展開に遭遇することになろうとは。
……いや、泣いている場合じゃない。
この千載一遇の大チャンスを逃すわけにはいかないんだ。気を引き締めろ。
俺は十字路に差し掛かる直前で耳を澄ませる。
ひどく慌てた足音はかなりのスピードで十字路に近づいてくる。
十字路を正面にして、右側の道を爆走しているようだ。下手なママチャリよりも速い。なんて脚力の持ち主だ。
しかしこの速度なら簡単に止まれはしないだろう。タイミングを見計らって飛び出せば確実にぶつかれるはずだ。
ぶるりと全身に震えが走る。
大丈夫。臆するな。これが本当にラブコメ展開ならお互い大した怪我はしない。たとえ相手の走力がクロスバイク級だろうと何事もなかったかのように立ち上がれるはずだ。思いっきり飛び出していけ。
足音はもうすぐそこまで来ている。今だ。俺は十字路に向けて駆けだす。
そしてその勢いのまま、曲がり角から一歩踏み出した。
「ぐほっ‼」
突如右頬に予想以上の衝撃が来た。俺は横っ面を思いきり殴られたように回転しながら吹き飛ばされる。
え、なんでそんなピンポイント?
固いアスファルトの感触を全身で感じながら頭にクエスチョンを浮かべていると、目の前にころころと転がってきたものがあった。それが何かはすぐにわかる。
フランスパンだ。
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