わたしは私になりたい

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わたしは私になりたい

爽音(さわね)。私たちの元に生まれてきてくれて、ありがとう」  ぼんやりとした意識の中で、母の優しくて鈴を転がしたような澄んだ声が聞こえた。 「爽やかに颯爽と自分の道を、凛々しく真っ直ぐに進んでいく。そんな子になってくれたらいいな」  まだ、はっきりと姿は見えないけれど、父と母が微笑みながら自分を見つめているような気がした。 「可愛いなぁ。ちっさいなぁ」  大きくて温かい手のぬくもりを肌で感じる。  なんだかくすぐったくて、でもほっと安心できる、そんな不思議な心地。  自分も「会えてうれしい」と伝えたい。  全身に力を込めて、声にしてみる。 「あーうー」 「さ、さくらっ! 今の聞いたっ!? 爽音が答えてくれたよっ」 「パパに会えて嬉しいって、言ったんじゃない?」  手足をバタつかせている自分を見て、母が微笑む。自然と自分も口角が上がる。 「ほら、嬉しそうに笑ってる」 「うっわー、やばい! 可愛いっ!! 可愛すぎるっ」  父が嬉しそうに自分の方へ、そっと人差し指を伸ばしてくる。思わず、その手を握るとまたもや興奮したような上擦った声を出す。 「見てくれっ! 握ってくれてるぞ! うわー、ちっさー」 「本当に。我が家の天使だね」 「うん、我が家に天使が舞い降りてきたよ。さくら、本当にありがとうな」  父の言葉に母は頬を染めながら頷く。  そんな二人を交互に見つめ、自分も嬉しくなって「きゃーいー」と声をあげる。  それから数十年後。  今日は待ちに待った成人式。  母と一緒に選んだ淡い桜色の花吹雪柄の振袖を着て、ヘアメイクも申し分のない出来映えだ。  店の外で待つ両親の所へ行くと父が目を見張って立ち尽くす。 「どう、かな?」 「可愛いっ!! すごく可愛いし、綺麗だ。しかも、さくらにそっくり! めちゃくちゃ似合ってる」 「……パパ、撮りすぎ」  カメラを構えて連写する父につい照れ臭くて、素っ気ない態度を取ってしまう。  母も苦笑いしている。 「だって、記念すべき娘の振袖姿だぞっ!? 可愛すぎて困る……」 「はいはい、パパ。家族写真撮るんでしょう?」 「あ、そうだそうだ! さくらも爽音の横に並んで立って」  父がいそいそと三脚を立て、カメラを設置し始める。その様子を母と二人で眺めながら、ぽつりと呟く。 「ママ。わたしね……、二人が考えてくれた自分の名前に恥じないような大人になろうと思うの」 「爽音?」 「今まで、たくさん反抗してごめんね」  母は、何も言わずに首を横に振った。 「自分のね、名前の由来をパパにこの前改めて聞いたんだけど。すごく良いなぁ、カッコいいって素直に思った。爽やかに凛々しく、自分の道を真っ直ぐに進んでいく。そんな、名前に負けない人にわたしはなりたい」  母の目がみるみる潤み始め、涙が溢れる。 「……うん。爽音なら大丈夫。今でも充分素敵だけど、もっともっと素敵な名前の通りの女性になると思うな」 「ママ……。わたし、頑張るね」 「あ、頑張り過ぎは禁物だよ? いつだって、ママもパパもあなたの味方だから。時には頼っていいからね」 「――――ママ」 「ん?」  父がカメラをセットし終えたのか、こちらに手を振っている。  そんな父を尻目に、自分より背が低い母の耳元にそっと唇を寄せ、囁く。 「わたしを産んでくれてありがとう」
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