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矢田が和奏を迎えに来る間、プチ女子会で盛り上がり。
その矢田の車で三人が帰ると、昼前には離れで津城とモズと寛いでいた。
帰ったら瑞江と話そうと思っていた香乃は、先に津城に胸の内を明かす事にした。
「私、自宅で出産したいんです」
「……うん?」
モズの顎の裏を撫ぜていた津城の指が止まる。
「初産だ、産院の方が安心だろう?」
心配と、何故?という目の色を受け止めて、香乃は思いの丈を吐き出した。
「皆さんに、知って欲しいんです…命の大切さを」
津城は笑わなかった。
ただ、香乃の言葉を待って目を合わせている。
「どんな風に産まれるのか……愛されているのか」
ああ……と津城は頷いて、それからモズを膝から下ろしてしまう。
そして伸ばした手で、香乃の手を包んだ。
「それが理由なら、賛成出来ない」
「どうして、ですか?」
津城にとっても、組員は大切な人なはずだ。
なのに、少しも迷わず。
今まで否定した事のない香乃の行動を、一瞬で切り捨てた。
「……それは、知らないからだ」
冷たいわけではない。
でも、津城の深い目の色に甘さは乗って居なかった。
「……愛されて育った人間と、そうでない人間との違いは埋まらない」
香乃が前者で、自分は後者だとそう言っている様な取り付くしまの無い物言いで。
「……俺は、まだマシな部類だけどねぇ、殴られて、飯も食わして貰えずに死ぬ子供も居る…二度と思い出したくない程……同じ血が流れている事すら吐き気のする子供だって居る」
虐待、ネグレクト。
それは香乃だって知っている。
「……俺なら。香乃とこうなる前の俺なら……逆効果だ」
「逆、効果?」
津城は頷いた。
「……腹に入れて十月十日、大事に護られて。死ぬ思いで産んで貰えて……愛されているそれと、自分は違うと再認識する」
ズシンと、胸に何かが落ちてきた。
「……殴られて育ったヤツは、親になるのが怖い」
それしか知らないから、自分も殴るかもしれないと怯える。
そう言って津城は悲しく笑った。
「俺は…香乃に惚れて、怖かった…お袋がそうした様に…香乃に見切りを付けられる日に脅えた」
無くならない、津城はそう言った。
「埋まらないんだ…その差は。香乃のその優しさを俺は無駄にしたくない」
偽善者と、聞こえた。
優しいオブラートに包んだ津城の言葉は、香乃を傷つけまいと細心の注意を払っていたのだけれど。
香乃は飲み込めずに俯いて唇を噛んだ。
「……もちろん、ただ単にグレたはぐれ者も居る。そいつらは気づくかもしれない…でも、きっと全員は無理だ」
止めておけと、津城はやんわりと誘導している。
「香乃、病院で産んでくれ…何かあってからじゃ遅い。…命懸けの仕事だろう?出来るだけ不安材料は無くしておきたい」
じゃあこれからも、命を軽く扱う彼らを見続けるのか。
それを仕方ないと受け入れなければいけないのか。
津城の言う事は多分、正解で。
でも、どうしても胸に収まらない気持ちが重く。
香乃は津城にわかったと答える事が出来なかった。
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