新生活

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新生活

香乃が津城と共に新しい住処の門を潜ったのは、丸々三日の婚前旅行を終えた翌日の昼過ぎだった。 京都を出る前に、津城は香乃に着物を買った。 灰青色の、柔らかな色が香乃の纏う雰囲気に良く似合い。 着流しの津城とゆっくり門を潜った。 「親父、姐さん、お帰りなさいやし!」 玄関の前の石畳にパッと見、十人以上の年齢も様々な男達が並び、各自頭を下げた。 姐さんときた。 事前に矢田と電話をしていた津城が、香乃を娶ると伝えていたからだ。 「初めまして、九重 香乃と申します。よろしくお願い致します」 津城の二歩ほど後ろで頭を下げた。 ひとりも見知った顔の組員は居ない。 津城は旅館での最後の夜に、掻い摘んで説明してくれた。 元々津城の下に居た人間はそのまま津城の元の事務所に残し、そのまとめ役として鶴橋を残した。 矢田は事務所との連絡役も兼ね、和奏との生活を続けながら、こちらに顔を出すと言う。 津城は二つ分の組の内政を兼ねる事を選んだ。 邦弘の下につき続けたこの家の組員は年配者が主だ。 香乃と同世代は僅か二人。 他は四十代から六十代が九人。 総勢十一人の組員と、津城と香乃。 あとは家庭を持つ組員が、各自家を構え六人いるらしい。 賑やかになりそうだ。 「姐さん、どうぞ中へ。ご案内します」 香乃が邦弘の孫だと、知っていた邦弘の腹心は長野だ。 隠す必要もないのだけれど、香乃が無駄に気を遣われるのを嫌いそれを汲んだ津城は説明を避けた。 「ありがとうございます」 それでも丁重に、年配の組員の中から坊主頭のひとりが香乃を家の中に招き入れてくれた。 「親父と姐さんの部屋は一番奥です」 以前邦弘を訪ねた時、香乃は家の中に入らなかった。 広い庭が見える縁側に腰をおろしただけだ。 (武家屋敷みたい…) 津城が後ろをゆっくり着いてくる。 玄関を入って右手に広間があり、その向こうが台所。 香乃が座った縁側は、広間から庭に続く場所にあった様だ。 玄関から左手がその他の水周りだ。 そこから奥にむかう廊下がはられていた。 襖を閉じられた部屋が廊下に沿って並び、小さな中庭をぐるりと囲むように配置されていた。 一番奥奥の部屋と言ったけれど、どこだろうと思っていた香乃だったが。 組員は、奥の突き当たりの襖を開けた。 「わあ……」 そこから短い渡り廊下が更に伸びていた。 多分後から増設されたのだろう、数メートルの廊下の先に、一部屋だけ孤立した離れがあった。 部屋には小さな縁側とほんの小さな中庭もある。 縁側と庭を仕切るガラス障子は趣があって一目で気に入った。
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