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その目は「じゃあ何で見ていたの?」と雄弁に物語っているようだった。そんなエルナの反応を見てミーナは苦笑する。
エルナは空気を読むことに長けている。いつも妹であるリッカを気遣い、時には母であるロレーヌや講師であるミーナにも気を遣っている。それは彼女が聡いからだろう。
だが、聡いがゆえに彼女は自身を蔑ろにしているようにミーナには見えていた。自身のことは後回し。自分に出来ることがあればと、常に気を張りつめて、周りにアンテナを張り巡らせている。今は、リッカとともに幸福に満ちた笑顔を見せていても、エルナはきっとまたあの切羽詰まったような眼差しをする時が来るだろう。
そんな時、あの堅物な大賢者は彼女の心を救ってくれるだろうか。夫のジャックスほど大賢者と関わりがあるわけではないミーナにとって、正直その人となりはよく分からない。
だからこそ、ミーナはエルナにはもっと自分を優先させて欲しかった。そうすることがエルナ自身の幸せに繋がるはずだから。
ミーナはエルナの華奢な手を取るとポンポンと軽く叩く。突然手を握られてエルナは驚いた表情を見せた。そんなエルナに向かってミーナは小さく微笑むと、諭すようにそっと語りかける。
「エルナ様。全身全霊で人を愛することはとても素晴らしいことだと思います。でも、私は自身の幸せを委ねる相手は、自分自身であるべきだと存じますよ」
ミーナの言葉をエルナは目をパチパチと瞬きながら聞いている。彼女の言葉の意図を測りかねているようだ。
「誰かを想うことは素敵なことです。それが行動の原動力になることもあるでしょう」
「ええ……」
エルナはミーナの真意が汲み取れず困ったように眉根を寄せながら頷いた。ミーナは静かに言葉を重ねる。
「ですが、全身全霊で相手を想うことはエルナ様自身のお心にも、お相手であるネージュ様のお心にも負担になる時が来るやもしれません」
ミーナの言葉にエルナは困ったように眉尻を下げるとリッカに助けを求めるような視線を送った。だが、リッカも少し困ったような表情を浮かべているだけで何も語ろうとはしない。
エルナは困惑しながらも、自身の考えを口にした。
「あの……私は……その……ネージュ様にご負担を強いるつもりなどございませんが……」
エルナの困惑はもっともだ。彼女はリゼラルブを想い行動することこそ、自身の幸福であると信じて疑わないのだろう。だが、ミーナはそんなエルナに優しく微笑みかけた。
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