15 側にいるから

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15 側にいるから

 本来誰かが死ぬはずだった運命を変えると、代わりに別の者が死ぬという物語を読んだことがある。  夢で見たサチの葬儀の景色。あれは本当に起こる予定だったものではなかろうか。現実味のない話をあまり信じることのない自分だが、今回の件は偶然だと言い切るのも難しい。  本来、腹を刺されるのはサチだったのだろう。彼は血だまりの上に眠っていた。彼を殺した後、サチの母も自死する予定だった。そして、その悲劇を発見するのは、自分だった。  数時間、彼の家へ向かうのが遅ければ。そんな事態が起こっていたと想像できる。あのままメールに気づかず、バイトに向かっていたらと思うと恐ろしい。  (くつがえ)した代償に腹を刺されたわけだが、そんな未来を変えられたのであれば本望だった。  たとえ自分が死んだとしても。 (目の前が真っ白だ。……どこだここ)  立ち上がる。長く夢を見ていた気もするが、忘れてしまった。腹はもう痛くない。刺されてからどの程度経ったのだろうか。  目を凝らすと、ほんのりと遠方に人影が現れた。 「……蒼?」  呟くも、確認するにはあまりに遠い。いつしか自分と彼の間にはだだっ広い溝がある。どうやら大きな川が流れているようだ。  人影がこちらに手を振ってくる。その仕草、やはり(アオ)のように思えた。  彼の名を呼んで河原を歩む。前へと進む。川に足を突っ込む。腰まで水に浸かったが、冷たくも寒くもない、流れも穏やかだ。これならすぐにあちらへ行けると安堵する。  ずっと会いたかった。触りたかった。一緒に生きたかった。  寂しくて、たまらなかった。  水に足を取られながらも進むと、彼の姿が次第に鮮明になってゆく。 「あ、お……?」  近づき呟くと、彼はうなずいた。  すぐ目前にいる彼は、自分が知らない姿をしていた。だが、どこかで見た姿でもある。 (俺が、海の絵で描いた姿……だ)  あの絵のように水辺に立っている蒼は。すっかり成長した姿をしていた。 「……サチに、似てる」  呟くも、蒼は微笑んだまま何も喋らない。  華奢(きゃしゃ)で色白な体に、真っ白なワイシャツをまとっている。さらりとした黒髪、落ち着きのある黒い瞳。身長はサチより高そうだ。描いた彼より、表情が大人びている。  何やら蒼は、こちらの手元を指差してきた。促されるように手を見ると、気づかぬ間に彼から貰った青いミニカーを握っている。 「あぁ、そっか……これ、お前のだもんな」  ミニカーを蒼に返すと、彼は嬉しそうにニコニコと受け取った。その愛おしい笑顔に思わず手を伸ばすも、届かない。  辺りを見渡すと、何故か蒼が立つ陸が遠くなっている。  戸惑いきょろきょろとしていると、蒼が再びこちらへ手を振ってきた。  またね。  そう口を動かした彼の手には、青いミニカーがしっかりと握られていた。
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