トキと逢い引きしておいで

4/4
50人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ
 そう言って、トキは缶の方だけを返してくれた。先ほどよりも、随分と軽くなっている。 「ドロップは?」 「落ちたもん、食えるか」 「三つ数えるうちに拾えば、大丈夫でしょ」 「三つどころか、かなり、すぎてるだろ」 「でも、ふーふーして食べれば、」 「やめろ。ばっちぃ」  それでも未練がましく見ていると、トキは窓から投げ捨ててしまった。 「あー、」    貴重なドロップが。がっかりした瑛だったが。次の一言に、顔を上げる。 「で、どこへ行くんだ?」 「え?」 「出かけたいんだろう?」  瑛は、うんうんうん、と高速でうなずく。 「でも、いいの? 風伯様のところへ行くんでしょ?」 「いつでもいい用事だ。それで、瑛はどこに行きたいんだ?」 「あのね、シンに割引券、もらったの。龍宮の近くのお店」  それだけで、トキは分かったらしい。 「甘味屋か」  げんなりとした顔で言った。  店内はさほど混んでおらず、すんなりと席につくことができた。瑛は、店の一番人気だと言うクリィムカステラを頼んだ。  カステラとカステラの間にクリィムを挟んで、さらにクリィムで覆ってあるものだ。    瑛は、まるで雪のようなかたまりを、口の中に入れる。ふわっふわに柔らかくて、その見た目通り、ほわりと、とろけてなくなって。   「あっまぁーーーーい!」  思わず、叫んでいた。少し前まで頭の中を埋め尽くしていた、みたらし団子も、きなこ餅も、あんころ餅も、全部、吹き飛ぶほどの衝撃。 「何これ、すごい。作った人、天才。トキも一口、食べてみて!」  一口大に切り分けたカステラを、差し出すが、 「いらん」  そのまま、手を押し返された。それを自分の口に入れてから、瑛は尋ねる。 「もしかして、嫌い?」 「甘いだろ」 「しょっぱいカステラは、カステラじゃないよ?」 「だな」  うなずいたトキは、続けて「悪い」と、苦笑を浮かべる。  瑛の方は、カステラを食べながら、「何が?」と 首をひねった。 「いや、前にも同じことを言って、文句を言われた。甘味屋に来てるんだから、甘いのは当然だって」 「あ、リコさんでしょ?」  つい、口からポロリと、こぼれてしまった。ずっと気になっていたことだから。でも言った瞬間に、瑛はまずいと思った。トキの眉間が、ピクリと動いたから。 「……違う」  案の定、答えたトキの声は、いつもより低くなっていた。瑛だって、その意味が、分からない訳ではない。ただ、それよりも知りたい気持ちの方が強かった。 「ねぇ、トキ」  思い切って、瑛は切り出す。 「聞きたいことがあるんだけど、いい?」 「答えたくないこと以外なら」 「じゃあ、答えたくないことって何?」 「さあな」 「ずるい!」  そんなふうに言われると、ますます気になってしまう。でも、トキは何も答えず、笑うだけだった。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!