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そう言って、トキは缶の方だけを返してくれた。先ほどよりも、随分と軽くなっている。
「ドロップは?」
「落ちたもん、食えるか」
「三つ数えるうちに拾えば、大丈夫でしょ」
「三つどころか、かなり、すぎてるだろ」
「でも、ふーふーして食べれば、」
「やめろ。ばっちぃ」
それでも未練がましく見ていると、トキは窓から投げ捨ててしまった。
「あー、」
貴重なドロップが。がっかりした瑛だったが。次の一言に、顔を上げる。
「で、どこへ行くんだ?」
「え?」
「出かけたいんだろう?」
瑛は、うんうんうん、と高速でうなずく。
「でも、いいの? 風伯様のところへ行くんでしょ?」
「いつでもいい用事だ。それで、瑛はどこに行きたいんだ?」
「あのね、シンに割引券、もらったの。龍宮の近くのお店」
それだけで、トキは分かったらしい。
「甘味屋か」
げんなりとした顔で言った。
店内はさほど混んでおらず、すんなりと席につくことができた。瑛は、店の一番人気だと言うクリィムカステラを頼んだ。
カステラとカステラの間にクリィムを挟んで、さらにクリィムで覆ってあるものだ。
瑛は、まるで雪のようなかたまりを、口の中に入れる。ふわっふわに柔らかくて、その見た目通り、ほわりと、とろけてなくなって。
「あっまぁーーーーい!」
思わず、叫んでいた。少し前まで頭の中を埋め尽くしていた、みたらし団子も、きなこ餅も、あんころ餅も、全部、吹き飛ぶほどの衝撃。
「何これ、すごい。作った人、天才。トキも一口、食べてみて!」
一口大に切り分けたカステラを、差し出すが、
「いらん」
そのまま、手を押し返された。それを自分の口に入れてから、瑛は尋ねる。
「もしかして、嫌い?」
「甘いだろ」
「しょっぱいカステラは、カステラじゃないよ?」
「だな」
うなずいたトキは、続けて「悪い」と、苦笑を浮かべる。
瑛の方は、カステラを食べながら、「何が?」と
首をひねった。
「いや、前にも同じことを言って、文句を言われた。甘味屋に来てるんだから、甘いのは当然だって」
「あ、リコさんでしょ?」
つい、口からポロリと、こぼれてしまった。ずっと気になっていたことだから。でも言った瞬間に、瑛はまずいと思った。トキの眉間が、ピクリと動いたから。
「……違う」
案の定、答えたトキの声は、いつもより低くなっていた。瑛だって、その意味が、分からない訳ではない。ただ、それよりも知りたい気持ちの方が強かった。
「ねぇ、トキ」
思い切って、瑛は切り出す。
「聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「答えたくないこと以外なら」
「じゃあ、答えたくないことって何?」
「さあな」
「ずるい!」
そんなふうに言われると、ますます気になってしまう。でも、トキは何も答えず、笑うだけだった。
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