1-1家出する

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1-1家出する

「クアリタ様、リタ様!! 私、とうとう大人になりました!!」 「それはおめでとう、あんなに小さかったソアンもとうとう成人かぁ……」  僕はクアリタ・グランフォレ、腰まである長い金の髪と蒼い瞳を持つ、一応は250歳ほどの男性のエルフだ。そして、今まさに僕の部屋のドアを壊れんばかりの勢いでノックし、僕が軽く返事すると同時に飛び込んできた女の子はソアンといって150歳になったはずの僕の養い子だ。薄茶色の髪を左右で二つに結んで、同じ色の綺麗な瞳を輝かせた彼女、その子は僕に向かって満面の笑顔でこう言い放った。 「はい、リタ様!! ありがとうございます、それじゃ。二人で家出しましょ!!」 「………………えっ?」 「い・え・で・です!! 家出、家を出る。この村を出ましょう!!」 「えぇ!? いや、どうして、ソアンが成人したから、僕たちが家出するんだい?」  僕は彼女が言っている意味が分からなくて困惑する、ソアンはハーフエルフでちょっと村の皆から距離をおかれている、そんなことも少しあるがまさか家出するくらいに悩んでいたのだろうか。だが、ソアンはまたまたにっこりと微笑んでこう言った。 「だって、リタ様が魔法が使えなくなったでしょ、こういう時は気分転換です!!」 「しぃ!! ソアン!? それは言わないでくれと言っただろう」  そう僕は一応はエルフである、そう言った理由の全てが彼女の言ったことにある。僕は森を愛し、精霊と共に生き、魔法を操ることを得意とするエルフでありながら……、突然全ての魔法が使えなくなってしまったのだ。  僕は村の中では若長候補にも選ばれているのに、毎日欠かさずに鍛錬していた魔法が使えなくなってしまった。これは一年ほど前に分かったことだ、それから僕は実はこっそりとこう思っていた。いっそ眠っている間に優しい死が迎えにやってきてくれないか、それとも村の誰もいないところでこっそりと一人で消えてしまおうかと思っていた。そんな僕の気持ちを知っていたかのように、ソアンは今度は真剣な顔で僕に向かってこう言った。 「このままだとリタ様はうつ、いえ躁鬱? ううぅ、こんな時に看護学生なんて前世なんか役にたたな……。いえっ、なんでもありません。とにかく魔法は使えるようになりません、まずはこの環境を変えるんです!! 村の若長候補なんて無駄な圧力の無いところに行くんですよ!!」 「ええ、でも僕がいなくなったら、あの仕事は……ディルビオがどうにかしてくれるか、こっちの研究は……ディルビオに任せたらいいか、若長候補としての務めは……ディルビオがどうにかしてくれるかな?」 「ほらっ、リタ様がいなくなったって村は大丈夫です!! 騙されたと思って私と一緒に家出してください!! そうしてくれないなら私はリタ様がご病気だって長に直接かけあいます!!」 「えええええぇぇぇ、待ってくれ。ソアン、ちょっとだけ心の準備をさせてくれないか!?」 「荷物の準備なら四半刻なら待ってさしあげます、さぁ、家出しましょう!! リタ様!!」 「し、四半刻しかないのかい。え、えっと待って、でもいいのか。でも魔法が使えるようになるのなら、けど僕は若長候補で……、でも魔法が使えない若長候補なんて……、いてもいなくても一緒か?」  よく考えたら僕は元々この場所が消えてしまいたいくらい嫌だった、若長候補という立場も僕みたいな魔法も使えなくなったエルフには務まらない。だったらソアンの言う通り、ちょっとだけ家出してみたっていいかもしれない。若長候補にはディルビオという親友や他にもエルフはいるし、本当にちょっとだけ僕みたいな役立たずなんか、そう家出してみたっていいのかもしれない。 「さぁ、どうします!! クアリタ様、ねぇ!! リタ様!!」 「………………分かった、そうしてみよう」 「本当に!? ……良かった、ありがとうございます!!」 「ソアン、僕は君にそんなに心配をかけていたんだね……」  僕がいろいろと考えた末にソアンにそう告げると、ソアンは少し涙を浮かべながらもまた笑顔になった。そうか、僕が魔法を使えなくなったことは、この可愛い小さな養い子をそんなに不安にさせていたのか。僕は本当に駄目なエルフだ、こんな駄目なエルフが一人いなくなったって村は平気だろう。ソアンも外の世界を知るのは良い事かもしれない、そして行ってみて駄目なら戻ってくればすむ話だ。  そうと決まれば家出の先を決めなければ、だがそれはもうほとんど決まっているようなものだ。このプルエールの森から家出して一番近いのはオラシオン国だ、種族による差別があまりない人間の国で、奴隷制などもないからエルフでも安心して暮らしていけるはずだ。  まぁ、そんな知識は若長として人間の商隊と話して身につけた知識だ。それとこの僕の部屋に山積みになっている本達から得たものでもある、だったら必要なのはまずはお金に丈夫な服それにマントや食料にナイフと、それにこれ僕が大好きな楽器である小さなハープも気晴らしに持っていこう。 「準備はできましたか? リタ様!!」 「うん、大丈夫かな。ソアン」  その日、僕は親友であるディルビオにだけ手紙を残し、養い子であるソアンと一緒に村から家出した。後から考えると、その時の僕にどうしてそんな行動力があったのか分からない。だって僕は疲れ切っていたのだから、そうもうずっと疲れ果てていたのだからだ。
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