HIMARI

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 入り口で念入りに手を消毒し、マスクを着けた悦が、無菌室に入って行くと、天井からステンレスのパネルで立ち上がっている腰壁まで、透明なアクリル板で隔離された奥の部屋には、白いシーツで包まれた薄手の布団が掛けられ、白いパイプの電動ベッドに横たわり、見ればすっかり痩せて、儚さが一層増したような、悦の愛妻であるひまりが、じっとこっちを向いていた。  近年、死亡が増加している、新しい免疫不全症の診断がされてから、まだ何ヶ月も経っていないのに、見る見るその命は吸い取られてしまっているようだった。  まるでそれは、人間の身体を拒絶して、ひまり自らその命を、しぼませているようにも、悦には思えた。  ベッドの横には、ひまりが描きかけの油彩画が、イーゼルに掛けられていた。 「大丈夫?」  アクリル板越しに声を響かせそう言ったのは、見舞いに来た悦ではなく、ベッドで横になっているひまりの方だった。
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