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「あとこれ、燻製肉の端切れもどうぞ。さっきあげた時、この子喜んでたから。えーと、この子のお名前は?」
「レイ……」
お名前はと聞かれ、思わずレイズンと言おうとしたハクラシスは、言葉を詰まらせた。
名前はまだないと言えばよかったのに、今の話の流れだと、レイズンだと言ってしまえばその当人が行方不明になったと言っているようなものだ。
それにそうでないにしろ、ペットに恋人の名をつけたと思われるのも不服であった。
「レイ、……レインだ」
「レインちゃん! かわいい名前だねー。じゃあこれ、レイズンくんに渡してくださいね」
「ああ。いつもすまないな」
「いえいえ、お店にまた寄ってくださいな」
おかみさんは布袋にジャムと肉を入れてハクラシスに渡すと、レインちゃんじゃあねーと犬の頭を撫でて去って行った。
「よかったな。肉をもらったから、またあとで食べよう。ジャムも食べような」
腕の中で犬のレイズン——もといレインは、やったとばかりに「ヒャン」と鳴いた。
さて次はと、ハクラシスは酒屋へと出向いた。そろそろ自分用にいい酒を追加で買おうかと考えていたところだったので、ちょうどよかった。
酒屋の店先でハクラシスが「店主はいるかい」と声をかけると、中から店主が「はいよ」と出てきた。
「ハクラシスさん! いいところに来ましたね! ちょうどいい酒が入ったんですよ!」
「本当か!」
「ほら、これですよ。この辺じゃなかなか仕入れることができない酒ですよ。今年一番の出来だと言われていて、仕入れもこの街じゃこの2本だけ。いいでしょう〜!」
「やけに瓶が小さいじゃないか」
「当たり前ですよ。稀少品ですからね〜。仕入れるのも苦労したんですよ」
これはいいなとハクラシスが酒に夢中になっていると、腕の中でレインがいい加減にしろと言わんばかりに「ヒャン!」と鳴いた。
「わかったわかった。店主、ちょっと聞かせてほしい。この辺で噂されている、行方不明者が犬になるという話についてなのだが」
「ええ? ハクラシスさんでも、そういう噂話を信じるんですねー! この前レイズンくんも熱心に聞いて帰ったところですよ」
店主はハクラシスが酒以外の話に興味をもったことに驚いていたが、レイズンにも話したというその噂話を惜しみなく聞かせてくれた。その話の冒頭は肉屋で聞いたのと同じだったが、酒屋の店主の話にはちゃんとオチがあった。
「犬に金を巻き付けて返すと、本物の子供が帰ってくる?」
「そうなんですよ。犬をそのままにしておくと、犬は子供に戻らないんですけどね。犬に金を持たせてやると、いつのまにかその犬が子供の姿で戻ってくるということなんですよ」
「金額は?」
「それは分からないですね。なんでそうしたかも、こっちには伝わっていなくて」
「ふむ」
金というところがきな臭い。
妖精がいるとかいないとかそれはさておくとして、もしこれが本当に妖精奇譚であれば、金などでは解決できないのがおとぎ話というものだ。
「妖精が金をせびるものか?」
「それはレイズンくんも言ってましたね。妖精がお金なんか欲しがるかなと」
「レイズンが? ……なるほど。で、その噂のもとになっている街というのは」
「この街の北にある街ですよ。ここから馬で1時間ほど走らせたところにあるんですけどね」
「なるほどな。ありがとう」
「どういたしまして。妖精がどうとかはアレですけど、行方不明の子供がいることは事実みたいですよ。で、酒はどうします?」
「もちろん頂こう」
「だと思いました! ではこちらを」
店主はニコニコしながら布に包んだ小さな瓶を、ハクラシスの差し出したお金と引き換えにした。ハクラシスはそれを、さきほど肉屋のおかみさんがくれた瓶と一緒にして手に提げると、店の外に出た。
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