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御曹司だからとか、次期代表だからとかいう理由で異動をしているだなんて、朝陽の予想は裏切られた。
短いスパンで、ホテルを移るスタイルには終止符を打ち、もう少しじっくり一つのホテルと向き合ってみたいとの彼の要望通りに、私が務めるホテルの総支配人へと就任することが決定した。
そんな彼と、この春から同居することになったのだが、彼との生活は、まだ照れや、緊張もあったりして、どこか、ぎこちないままだ。
「本当にすごいですね……」
彼が私の隣で、空を見上げたまま、感嘆の声を漏らす。
「そうでしょ。すごいでしょ?」
まるで自分のことのように誇らしげに笑った。美しい景色を呆けたように眺めている彼の横顔を盗み見る。
——いつか、私も彼の傘になりたい。
彼に色をつける目新しいアートじゃなくて、この街と同じように、私という存在が、彼の中で日常になる日が来るなら、嬉しい。
なんて想いを抱きながら、彼を見上げる。
私の気持ちに気づいたのか、大青さんは、視線をスッと私へと下ろした。頭を抱き締めると、おでこに軽くキスをする。
彼は、魔法のように、すっと薔薇を一本、私へと差し出した。
大青さんの名前と同じ、夜明けを迎える前の空のように深い藍色の薔薇だ。
その青い花弁の上で、きらりと光るのは、銀色のエンゲージリングだった。
「ずっと、僕の隣にいてくれませんか?」
彼の甘い誘いに応えたくて、ほんの少しだけ背伸びをして、その唇にキスをした。
了)
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