目醒めるとき

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 寂しさが、理由と心の隙を生んだのかもしれない。  乳房のあいだに埋まった小さな頭頂部を見ながら、(ひとみ)はそう思った。(しょう)が動くたび、滑らかな頬が彼女の敏感な先端とこすれ合う。刺激こそおぼえたものの、本格的な興奮を催しはしなかった。大腿に触れる翔の性器も、先ほどシャワーを浴びさせたときに見た、クリオネのような形どおりの柔らかさを保ったままだった。  押し倒されてからどれぐらいの時間が経っただろう。こたつの天板に乗ったコーヒーとココアからのぼる湯気も、いきおいを失いつつある。 「もうすぐお父さん、帰ってくるんじゃないの?」 「今日も仕事、遅いから」少女のように高い声が答える。  言葉とともに吐き出される甘い息が、シャツを通してみぞおちを熱く濡らした。  クリスマスと年の瀬が迫ったある日の夕方、外回りの仕事から直帰した瞳が自宅アパートの玄関前で見たのは、隣の部屋に住む小学生の翔がうずくまる姿だった。突然降り出した雨に濡れたのか、小刻みに震える身体からは水滴を落としている。 「翔君?」  両腕に置いていた顔が持ち上がり、大きく丸い翔の眼がこちらを見つめてきた。 「どうしたの? 具合悪い?」首を横に降る翔に、瞳は続けた。「おうち、入らないの?」 「鍵、忘れちゃった」 「おうちの中に?」  頷く少年に瞳は合点した。父子家庭で暮らす翔は普段自宅の鍵を持ち歩いているはずだが、この日はそれをたまたま忘れて締め出されてしまったのだろう。  瞳は振り返り、二階の共用廊下から外を見た。陽が落ちるのもすっかり早くなったこの時期、雨雲に覆われた空は暗さをより深めている。翔がうずくまる床にできた染みは、面積を身体よりも一回り大きくしていた。 「うちにおいで。こんなところにいたら風邪ひいちゃうよ」  言いながら取った翔の手はひどく冷たかった。  隣同士に住むよしみがあったし、大人として子供を放っておけないという義務感もあった。だが、それらの根底に利己的な感情があるのも、否定できなかった。  着ているものをすべて脱がし、急き立てるように浴室に入れると、瞳は翔の衣類を自分のものと一緒に洗濯機にかけた。彼女自身、この雨のせいでびしょ濡れだった。  タオルとともに翔に着せるための服を用意したものの、そこにはためらいも生まれていた。  大きな男物のシャツ。振り返りたくない思い出の置き土産。乾いている衣類には違いないが、瞳にとってはいまだにそれ以上の意味を持つものだ。丈の長すぎるそのシャツを着せてみると、翔の見た目はテルテル坊主のようになって可愛らしかった。しかし髪を拭いているときに鼻腔をくすぐった懐かしい残り香は、かつての恋人が小さな姿で目の前にあらわれたとも錯覚させた。  そのせいで油断が生まれ、どこか無防備にもなってしまったのだろう。父親の帰りを待っているとき、瞳は翔に押し倒されたのだ。まぶたにかかった髪を払ってやろうと手を伸ばした瞬間だった。身を横たえたときは痛みこそなかったが、翔の行動と、身体ごとぶつかってくるような真っ直ぐさに驚かされた。 「どうしたの?」  瞳はそう訊ねながらも、自分がこれを想定していたことを承知していた。以前から翔が向けてくる視線に、近所付き合い以上のものを感じ取っていたからだ。実際いまも、母性じみたものを求めて甘えてくるような純粋さは伝わってこなかった。瞳が彼から感じていたのは欲望の疼きと、それを持て余しているもどかしさだった。 「翔君?」 「おねえちゃん……」  自分の気持ちをうまく言葉にできないのかもしれない。翔は鼻先を胸に押しつけたまま、背中の下敷きになった手をもぞもぞと動かして、瞳の臀部へと近づけていった。 「駄目だよ」腰と、その下の割れ目とのあいだまで進んできた小さな手に、そっと自分の手を添える。「子供がこんなことしちゃ、駄目」 「いやだ」 「あんまり困らせたら、おねえさん怒るよ」 「いやだ」  繰り返す翔の髪をそっと指で梳く。光沢のある髪はなんの抵抗もなく指のあいだでさらりと流れ、頭を胸に抱いていることに心地よさもおぼえた。そうしているあいだにも、少年の手がさらに下へと移動していく。 「僕が、あいつの代わりになるから」  翔の言葉に、別れた恋人の笑顔が鮮やかに浮かび、そして消えた。同時に瞳は自分の奥底で、新たな感情が芽生えるのがわかった。いや、それはずっと昔から気づいていたもの……気づいていながら、蓋をして閉じ込めていたものだった。  高鳴る胸の音を聞かれはしないかと気が気でなくなり、吐くことも飲み込むこともできなくなった呼気が、小さな塊となって口の中を転がる。 「どうしたいの?」瞳は訊ねた。 「わかんない」  翔がそう答えるまでには少しの間があり、瞳が言葉を続けるためにはさらにもう少し時間が必要だった。そのあいだに彼女は少年の両手を潜り込んでいた身体の下から引き出すと、しびれをとるようにそっと揉みほぐした。 「教えてあげようか?」  翔は何も答えなかった。ただ、大腿に触れた少年の部分が、徐々に硬さを帯びていくのを感じた。
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