皇帝に眠る鬼の力

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 雷烈にできるだけ近づき、星は両手をかざして目を閉じた。息を整え、全神経を集中する。優に託された知識と術を用いて、目の前にいる皇帝を霊視していく。 (これは……なんて力なの!?)  陰陽師としてはまだ経験が浅い身ではあったが、そんな星でもすぐに感じとれるほど、雷烈に眠る鬼の力は強いものだった。圧倒的な精気と霊力。加えて父が皇帝であったからか、神気さえ感じられる気がした。  必死に霊視しながら、雷烈が放つ霊力に星は引きずりこまれていった。  星の意識の中に、美しい姿をした女人の姿が見えた。その隣には立派な身なりをした男性が連れ添っている。とろけるほど幸せそうに微笑む女人は人間ではない、と星はすぐに察知した。 (ひょっとして、この女性が陛下のお母様? では隣におられる方は)  鬼であったという雷烈の母親は、庸国の前皇帝を誘惑してたぶらかし、関係をもったのではないかと星は思っていた。  だが星の意識の中に見える雷烈の母と父は、このうえないほど幸福な様子だった。たぶらかされた関係とは、とても思えない。 (ひょっとして御二人は純愛だったのかも……)  二人の愛が本物だったのではないかと思った瞬間。星の意識に見える雷烈の母、鬼の女が星に顔を向け、静かに頭を下げたのである。  まるで「わたくしの息子をお願い致します」とでも告げているかのように。  驚いた星は目を開けてしまい、二人の姿は視えなくなってしまった。 「どうした? ずいぶんと驚いた表情をしているが」  星は乱れた息を整えながら、雷烈に視線を向けた。 「霊視の中で、陛下のお父様とお母様のお姿が視えました」 「そこまでわかるのか? たいしたものだな、星の力は」 「視えた」というより、「視させられた」が正解だろう。それほど雷烈の中に眠る鬼の力は強い。 「おそらく陛下のお母様は、かなり力の強い鬼だったのだと思います。そのため和国を追われたのかもしれませんが、恐ろしい方のようには思えませんでした」  鬼というものは人間を獲物としか思っていない、極悪非道な存在だと星は思っていた。兄の優を殺した鬼のように。  しかし極悪ではない鬼もいるのかもしれない。 「そうであろうな。母の正体が(あやかし)とわかっていても、深く愛していたと父は話してくれた。名家の出身ではないため、身分は下級の妃のままだったが、母が後宮にいてくれただけでも十分幸せだったとな。すでに母も父もこの世におらぬが、二人は確かに愛し合っていたと思っている」  身分も立場も、種族さえも乗り越えて愛し合った二人から生まれたのが、目の前にいる雷烈皇帝なのだ。圧倒的な精気と霊力を有するのは当然のように思えた。 「それではなぜ、鬼の力を封印したいのですか? 大切に思ってらっしゃるのでしょう? お母様のことを」  鬼の力を封印するのは簡単なことではない。なぜ鬼の力を封じたいのか、理由を聞かなくては星も術を使えないと思った。 「この庸国という国と民の安寧を守るためだ。父である前皇帝に託されたのだ。『庸国を、民を頼む』と。鬼の力でもって民を束ねるのではなく、人として民を幸せにしてやりたいのだ。そのためにはオレの中の鬼の力が、これ以上目覚めるのは困る」  すべては国と民の平和のため。  若き皇帝ではあったが、統治者としての雷烈の覚悟と才覚を感じ、星の体はかすかに震えていた。 (心して臨まなければ、鬼の力を封印できないかもしれない。それでもやる。やってみせるわ)  心を決めた星は、姿勢を正して雷烈を見すえた。 「私がもつ全ての力を用いて、これより陛下に封印術をかけさせていただきます。強いお力を感じますので、陛下自身にも痛みを感じるかもしれません。それでも耐えられますか?」  星の決意を感じたのか、雷烈はにやりと不敵な笑みを浮かべた。 「オレを誰だと思っている。どれほどの痛みであろうと耐えてみせるさ」 「わかりました。それでは始めさせていただきます」  男装の陰陽師である星と、鬼の血を引く皇帝雷烈。  不思議な繋がりではあったが、お互いの目的のため、二人は心をひとつにして挑むこととなった。
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