「主人公は嘘しか言わない」

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マンションの入り口屋根の下で翔環は柱にもたれ、雨がやってくる雲を呆然と見つめていた。 ずっと見つめていると雲の中に吸い込まれそうな感覚になる。 ずっと眺めていたのに実際に自宅向かいのマンションにくるのは初めてだった翔環。 マンションは住民でなければ通れないようになっており、翔環のような他人が気軽に入れるようなところではなかった。入れないことが分かってからすぐにざあっと滝のような雨が振りだした。卒業式の季節に似つかわしくない、まさに季節外れの雨。 どこで今日は寝ればいい?翔環はそれしか頭になかった。 雨の中からリュックを頭にし、マンションまで向かって走ってくる人物が一人。 ラフな洋服姿の男性がマンション下へと駆け込んだ。長く走ってきたのか、激しく肩を上下し息をついている。 翔環には男性に見覚えがあった。あの人だ。すぐにわかった。 屋根したに立っていた翔環は視線をしたに向けた。 男性は傘がわりにしていたリュックの中からなにか物を探しているのか、音で、その男性がなにをしているのか様子を想像できた。 いつも彼の姿は翔環の住むマンションから壁に止まるハエくらいの大きさにしか見えない。あの人の出す物音が聞こえる。 あの人がすぐ隣にいる。振り向けば、あの人の顔が見える。 見たい。カメラ越しじゃなく直接。 「あの、」 翔環が色々と考えている間に、後ろから声が聞こえた。 翔環は反射的に振り向いてしまった。 あの人の顔が目に映る。 雨に身体が濡れて、肌が水面に映る水のように美しい。 俺が自宅からここまでくる間にどうして出掛けたりなんかしたの。 ああ、なんてきれいな人なんだろう。思っていた通りの人だ。 ああ、きれい きれい きれい、 好き、好き、この人好き 翔環は感激で涙がこぼれそうなのを必死に押さえた。 「入れないんですか?」 彼は心配そうに尋ねてくる。 「いいえ、」 ああ、話す声すらきれいだ。身体の奥ふかくまで響いてくる。 好き過ぎて涙が出る、 翔環は顔を俯かせ首を振る。と同時に目から涙がこぼれた。 「泣いてるんですか?」 男性が心配そうに翔環に聞く。 「好きです、」 「え?」 「あなたが好きです」 「ずっと、あなたのことをみてました、好きで、ずっと、ずっと、」 翔環は知らないだれかが話しているような感覚だった。だからもういいと思った。口が勝手に話しているんだ。 突然肩を、彼に捕まれた、 翔環は顔を上げた。 彼が自分の顔を覗き込み、凝視している。 「れい?」 彼が言った。 「れい、れいじゃないか!」彼は言いながら翔環の顔を撫で、強く翔環の身体を抱き締めた。 「ああ!れい!待ってたよ!ずっと待ってた!きっと帰って来てくれるって…」 彼は翔環の体の形を確認するように肩に腕に手に背中に…手のひらで包み込みながら触れていく。 知らない人の匂い。 体温、 翔環はゆっくりと目を閉じ、全身でそれを感じた。
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