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彼のルーツとイノチの話
降りしきる雪の中に少年と犬の後ろ姿が消えていく。
過去の光景を瞼の裏に焼き付けて少女は熟してゆき、老婆となってなお少年を救えなかった後悔に苦悩する。
「シスターは200歳ってホントかい?」
「知らんちゅうこたぁ田舎モンやのワレ」
「上品な言葉遣い。領主の娘ってのも真実味が出らぁ」
「早よ懺悔せいや。教会は軟派に寄るトコちゃうぞ?」
本来なら懺悔室とは参拝者の匿名性を守るものだが、シスターはマジックミラーの小窓から相手の姿を覗く。
小汚い髭面の男。酒気を帯びているらしく挙動不審。
「オイは随分と昔、ある屋敷で庭師をやってたんでさ。旦那様が留守の間、壺を盗もうとして壊しちまってよ」
「クズやんけ」
「執事長に見つかってヤベェと思って観念しかけた時、旦那のお子が自分で遊んで割ったつって庇ってくれた」
「天使やのう」
シスターが頷くと男はニタリ笑い、
「お忘れ? その子はアンタだぜ?」
そう言って極小の覗き穴を指差す。
「結局オイは馬車に轢かれて死んだがね」
顔がグニャリと歪んで両目玉を垂らす。
開いた口から裏返るように食道と胃と腸を放り出す。たちまち捻れた首と手足の関節から赤い骨が迫り出す。
シスターが飛び退くと幻は消えていた。
聖堂側へ出ていくと祭壇の聖母像の前に少女がおり、長い銀糸のような髪をひるがえしてシスターに微笑む。
「ごきげんよう……おばあ様ぁ」
金色の瞳の光は心を惹きつけて惑わす。
「けれど中身は……まだ小さな女の子なのよねぇ」
「誰やねん? 小娘が」
「お姉ちゃんの幻は気に入ってもらえたかなぁ?」
「意味わからんコトほざきやがって往ねアバズレ」
銀髪少女の横で聖母が、血の涙を流す。
亀裂が走った首は傾き、落下して転がっていく。
「オカシイね。神父様は出てこないの?」
「ヘンテコね。修道女が告解を聞くの?」
席に座っていた人形が、言葉を交わす。
男女のペアで手を繋ぎ、祭壇前まで歩いていく。
「正式な教会じゃないモグリなんだって」
「参拝者から高いおカネをとるんだって」
「ウソの予言でご老人を騙してるみたい」
「でもシスターの年齢だけホントみたい」
ヒソヒソ会話に重なる、厳かなオルガンの音色。
前髪だけやたらと長い、金髪の少女が奏でる賛美歌。
「自分に呪いをかけて命永らえてきたの」
「死んだ友達を永遠に供養するためなの」
シスターは激怒して人形を捕まえ、殴って踏む。
激しく動いて息が切れても構わず、壮絶に暴れ狂う。
「人様の古傷に触れやがってっ」
「やめたげへぇ……この子ら悪気にゃいんですぅ」
演奏を中断した金髪少女は泣きながら止めに入るも、猛烈な肘打ちを顔面に食らって引っくり返ってしまう。
「愛しい上の妹……よっくもイジメてくれたわね」
地獄の底から響くような低い声が聞こえてきた直後、シスターの腕は風船みたく破裂して骨肉を撒き散らす。
激痛に意識を連れ去られかけるシスターの真上から、
「私は生物の肉体に命令できる」
闇色の長い髪が垂れ下がってきて鼻先をくすぐった。
その喪服の少女はシスターの背後で前かがみになり、感情を宿さない血色の瞳で相手の怯える顔を見下ろす。
「気絶させずに痛みだけを与え続けることもできるし、壊れても治癒させてまた何度でも様々な方法で壊せる。そしてもちろん死ねと言ったら次の瞬間お前は死ぬし、下手なマネして怒らせないよう必死で努力することね」
「中お姉様……やめたげへぇ可哀想……」
金髪少女に抱きしめられて黒髪少女は無表情のまま、
「よしよしよしよし怖かったわね今すぐケガも治すわ」
と興奮して妹の頭に頬ずりしながら激しく撫で回す。
「え」
呆気にとられたシスターがゆっくり視線を落とすと、いつの間にか腕が元どおり再生していることに気づく。
「ふざけんな! 怪物どもめ!」
悪態の他に抵抗の術なしと悟ってか逃走を即決。
扉を開けて勢い良く外に出て、勢い良く戻ってくる。理解できずに焦って確認しても、前後とも同じ風景だ。
「あらぁオカエリなさぁい」
「無駄な運動ご苦労サマね」
「お……おかえりです……」
「べ〜逃げられませんわ〜」
先程までいなかったゴスロリ衣装のクソガキを加え、美しい少女の姿形をもつ悪魔の化身どもは四人となる。
シスターには姉妹のうちのひとりに見覚えがあった。
「アンタは次女……いやビチ子やな」
「中お姉様ってば素敵なアダ名ですことね最高ウケケ」
ロリの脳天を派手にブッ叩いてから次女は踏み出す。
「やっぱり覚えてたのね、三角巾ちゃん。現世から精神だけ死界に飛んでたなら、能力も通用しないわけだわ」
「ほんでミミズ使たんか。ウチを殺しに来たんやね?」
「いえ、そんな権利ない。私は、お前と同罪だからよ」
「なんやて?」
「いちど死んでいた彼を、二度目の死に追いやったわ」
「殺してくれへんのかい、呪いが解ける思たのに……」
老婆は、頽れて嘆く。
「おらんなったのに彼が、もう今度こそ何処にも……」
「生きなさい」
次女は、言葉を継ぐ。
「それが、お前と……私の罰よ」
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