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目を開けて振り返ると、辺りはやけに暗くなっていた。
おかしいな、日が落ちるにはまだ早いはずなのだけど。
たまの休日、雲ひとつない青空とたっぷりの陽光があまりに気持ち良さそうで、ふらりと散歩に出かけたのがランチタイムの少し後のことだった。昼近くまで眠るか、でなければ仕事でない別の用事のためにあくせく動き回る――そんな休日が多かったものだから、散歩に出たのもずいぶん久しぶりのこと。小春日和の暖かさに誘われるがまま足取りも軽く、特に行き先も決めずに気ままに歩いていた。
幹線道路から少し外れた住宅街は昼間でも車も人通りも少なく静かで、それが平日の、ともなればなおさらだ。冷たさの幾分やわらいだ風が頬を撫で、枝葉の揺れる街路樹のさざめきと鳥の声が耳をくすぐる。普段の忙しさと比べるとちょっとした非日常とさえ思える穏やかさ。自然のもたらす安らぎを心ゆくまで堪能し、こんな贅沢もあるものか、なんて感慨にふけってみたりもして。
しばらく散歩を続けていると、小さな公園にさしかかった。定番の遊具がいくつかと、ベンチがひとつ。あとは広場があるだけのシンプルなところだけど、放課後なり土曜日曜なりには近所の子供たちでにぎわうのだろう。すべり台の終点にある砂場にはステンレス製の小さなスコップが置き去りにされていた。今のところ人はいなさそうで、一休みするにはちょうどいい。ベンチに腰掛け、抜けるような青空をぼんやりと眺めていた。このまましばらく、ぼーっと空を眺めているのも悪くないか、などと思っていると。
不意に、何者かに服のすそが引っ張られた。引っ張られたといってもごく軽い力で、くい、くい、といった感じに。こちらの注意を引くために『つまんだ』といったほうが正確だろうか。空から地面近くへと視線を落としてみると、傍らに小さな男の子が立っていた。三歳から四歳くらいのように見える。
「どうしたの、坊や」
いかに公園とはいえ、小さな子供がひとりで佇んでいる状況はあまりよろしくない。怪しまれたり怖がられたりしない程度に声を掛けてみる。
「……」
子供の反応はない。ヒトの服をつまんだまま、まっすぐこちらの顔を見つめるばかりだ。近くに親、あるいは幼稚園の先生などの保護者はいないだろうかと辺りを見回すと、ひと組の親子連れが道を歩いているのが見えた。しかしこちらには目もくれずに、そのまま歩き去っていく。残念ながらただの通りすがり、この子とは関係いようだった。念のために公園の中をもう一度見渡しても、他には誰もいない。
「ママは? 一緒じゃない?」
「……」
質問を変えても、やはり子供は無反応。もしかして『ママと』一緒ではなかったのだろうか。
「じゃあ、パパは?」
「……」
とにかく大人が近くにいれば、と聞き方をいくらか工夫してみる。それでも子供の態度は変わらない。どうしたものかと頭を悩ませていると、しばらくしてまた服のすそが引っ張られた。男の子が、じっと目を見つめてくる。
「あそんでー」
「あ、遊ぶ?」
ようやく発せられたひと言が『遊んで』とは少々困りものだ。どこかで保護者とはぐれてしまったか、はたまた募る寂しさに自分でここまで歩いてきてしまったか。
最近はこの辺りもやけに物騒になってきた。近隣の市町、またこの市のそう離れていない場所でも、何人かの行方不明者が出ている――ここ一か月ほど、地域のニュースではそんな報道が多く見受けられる。そうして行方不明になった誰もがいまだ見つかっておらず、手がかりもない、事件か事故かさえわからない、とも。
子供ひとりを公園に置き去りにして、もし誘拐などされてしまったら。あるいはわけもわからず辺りをうろついて、交通事故に――と、不安はどこまでも尽きない。となれば少しだけでもこの子の遊び相手をつとめて、誰かが探しに来てくれるのを待ってみてもいいのではないか。もし誰も来なければ、その時は自分が警察に届けるとしよう。
「それじゃあ、何して遊ぼうか」
「かくれんぼ!」
男の子の表情がぱっと明るくなる。
「かくれんぼでね、ぼくが隠れるの。いつも見つからないんだ」
さっきまでとは打って変わって、よく話してくれるようになった。ここまでのいきさつはともかく、子供に好かれて悪い気はしない。
鬼がひとりに子がひとりのミニマムなかくれんぼなら、公園の外にさえ出なければのんびりと付き合ったので構わないだろう。隠れている場所のおおよその見当をつけておいて、適当に待っていればいい。その間に誰か来てくれれば、なおのこと。
「よし。後ろ向くから隠れてね。ああ、危ないから公園から出たらだめだよ」
「わかった!」
元気に駆けだす男の子。隅っこにはおあつらえ向きの木が一本植わっていて、鬼としてかくれんぼに興じるにはまさにうってつけだ。ベンチから数歩、肘から先を木の幹に当てて、軽くもたれかかる。子が隠れるのを待つあいだ、目を閉じていると立ったままでも眠れてしまうかもしれない。長閑には、違いない。
「もういいかい」
うっかり本当に寝てしまわないよう、やや大きめに呼びかける。さすがに見られると恥ずかしいので、人が少ないのはありがたい。
「まーだだよ」
返事は思ったより近いところから聞こえてきた。『まだ』ということなら、鬼としては眠気を我慢しながら待つしかない。
「もういいかい」
「まーだだよ」
「もういいかい」
「まーだだよ」
そんなやりとりが、何度か続いて。
「もういいかい」
「もういいよ」
ようやく隠れられたようだ。かくれんぼの待ち時間としては長めだった気がするけれど、そもそも隠れられるところが少ないから、隠れる側も色々と思案したのだろう。子供なりに。
そんなことをぼんやり考えつつ、目を開けて振り返ると――。
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