眉目秀麗のサビィ

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眉目秀麗のサビィ

「ねぇ、ねぇ、見てサビィ様よ!」 「まぁ!サビィ様…いつ見ても美しいわ〜」 「サビィ様の銀色に輝く美しい髪…まるで絹の糸のようよ…」 「それに、肌は雪のように白いわ…瞳は知的さを孕みながらも憂いを纏った美しい青…」 「本当よね…溜め息が出ちゃう…完璧な美しさだわ〜」 (はぁ…またか…わずらわしい…) 私は今日、何度目かの溜め息を吐いた。 私はサビィ。 天使の国の天使である。 常に完璧を求めている。 容姿はもちろんの事、所作にも寸分狂わぬ美しさを求めている。 どの角度が一番美しく見えるか、また一つ一つの動作も流れるように…そして気品が漂うように常に気を付けている。 その為、私が美しいのはごく当たり前な事なのだ。 当たり前な事を、よくもまぁ毎日毎日呟けるものだ。 私は、マレンジュリの樹の下で読書を楽しんでいたが、そんな気分ではなくなってしまった。 マレンジュリの樹は私の癒しである。 この樹から放たれる芳しい香り…そして、この果実の爽やかでありながらも、たおやかな甘さ… できることならば、一日中この樹の下で過ごしたいものだ。 しかし、その気持ちも失せてしまった。 私は、再び溜め息を吐き立ち上がった。 「サビィ様が立ち上がったわ!」 「立ち上がる姿も美しいわ〜」 (はぁ…またしてもうるさい…) 私は、辟易していたが、彼女達を見て優雅に笑ってみせる。 「キャー!」 「サビィさま〜!」 「私、もうダメ…倒れそう…」 私は、キャーキャーと騒ぐ彼女達を横目に神殿へと向かった。 とにかくこの騒音から逃れたい… 逃れられればどこでも良かった。 神殿に向かう途中で、うずくまる天使と出会った。 私は思わず声をかける。 「君…大丈夫か?」 その天使が顔を上げた。 長い艶やかな黒髪が印象的な女性の天使…確かイルファスといったか… 「あ…サビィ様…いえ…なんでもありません…」 イルファスは消え入りそうな声で答えながら、慌てて顔を伏せた。 黒髪が彼女の顔を隠したが、隙間からその表情は曇っているのが分かる。 ふと、彼女の足元を見ると指先から血が滲んでいた。 「血が滲んでいる…」 私は、しゃがみ彼女の足を見る。 「失礼する」 怪我をしている指に触れると、イルファスは顔をしかめた。 彼女は編み上げのサンダルを履いている。 足先までレザーが交差しているデザインだ。 どうやらサイズが合わないのか、靴擦れを起こしているようだ。 「これは、酷いな…君、サンダルを脱がすが良いか?」 「はい…」 イルファスは、か細い声で答えた。 私は彼女のサンダルを脱がすと傷を改めて見る。 「皮が剥けてしまっている…ラフィならすぐ治せるのだが…」 私は翼から羽を1枚抜くと息を吹きかけた。 羽は薄く細いコットン生地へと変わる。 「塗り薬が部屋にあったはずだが…」 私は目を瞑り自室へと意識を向ける。 そして、机の引き出しを探ると薬を見つけた。 (薬よ…私の手元へ) その瞬間、薬が私の手元に現れた。 「イルファス。少し沁みるかもしれないが…」 蓋を開け、少量を指に取るとイルファスの傷へと塗る。 「痛っ!」 彼女は顔をしかめたが、痛みはすぐに引いたようだ。 興味深そうに、薬を塗る私の手元をジッと見ている。 私は、コットン生地をスルスルと巻き、治療を終えた。 「これで大丈夫だろう。この薬は万能な塗り薬だ。傷はすぐによくなるだろう」 「あの…サビィ様…ありがとうございます」 イルファスは、ぺこりと頭を下げた。 「いや、気にしなくても良い。だが、このサンダルは履かない方がいいのではないか?」 「このサンダルは私が作りました。でも…上手く作る事ができなくて…サイズが合わない物を無理に履いてました…」 「なるほど…そこで少し待っていてくれ」 私は、果樹園へ続く道を戻り、先程まで読書をしていたマレンジュリに話しかけた。 「マレンジュリ…申し訳ないが、君の小枝を少し分けてもらえないか?できれば、細く柔らかい枝がいいのだが…」 私の問い掛けに答えるように、マレンジュリはユサユサと揺れた。 そして、ガサガサと音を立て数本の小枝を私の足元に落としてくれた。 柔らかくしなる小枝だ。 「マレンジュリ。ありがとう」 私は小枝を手に、イルファスの元に戻った。 「サビィ様…その枝は…」 私は不思議そうな表情のイルファスを横目に、小枝に手をかざす。 すると、小枝は長いツルとなり絡み合いながら交差していく。 数分もすると、柔らかくしなやかなサンダルが編み上がった。 「さぁ、これを履くといい」 私は、出来上がったサンダルをイルファスに渡した。 「サビィ様…そんな…申し訳ないです…」 イルファスは戸惑い、おどおどしながら私を見る。 「気にしなくていい。履いてみてくれ。サイズは大丈夫だと思うが…」 恐縮しながら、彼女はサンダルに足を入れた。 どうやら、ピッタリのようだ。 「凄い…ピッタリです」 「それは良かった。では、私は用事があるので失礼する」 「サビィ様。本当にありがとうございます」 彼女は深々と頭を下げた。 私は軽く手を上げると、神殿へと続く道を歩き出した。 「サビィ様…」 イルファスが頰を染め、いつまでも見送っている事とは知らず、私は神殿へと急いだのだった。 神殿は、限られた天使しか出入りしない為、とても居心地が良い場所だ。 私はまだ若く勉強をする身。 神殿で天使長を補佐するアシエルに付き学んでいる。 アシエルは、私より数歳上の天使。 とても優秀で、子供の頃から頭角を表し、異例の抜擢で若いうちから天使長補佐の座に就いた。 次期天使長の噂も耳にする。 そして、このアシエルから学ぶ天使が他にもいる。 「あ!サビィ。またマレンジュリの下で読書してたの?」 神殿の入り口の階段で女性の天使と出くわした。 彼女はブランカ。 ブランカもアシエル様から学ぶ若い天使だ。 そして、共に学ぶ天使がもう1人。 「サビィ!ブランカ!丁度良かった。一緒にアシエルの所に行こう」 階段の下から声が聞こえた。 振り返るとラフィが人懐っこい笑顔で手を振っている。 私は彼に手を振り返した。 「落ち着いて読書もできず、ちょっと早いが神殿に来た所だ。途中、ちょっとした出来事があったが…」 「あら?またキャーキャー言われたの?サビィは大変よね」 ブランカが、風になびく髪を押さえながら私を見る。 「全く…毎日毎日…同じ事を聞かされるのもウンザリだ」 「まぁ…でもさ、それだけサビィが注目されてるわけだからね。人気があるのは良い事だよ」 ラフィが笑顔で頷きながら言った。 ブランカもラフィも美しい天使だ。 ブランカの髪は、腰まで届く金髪で緩やかなウェーブを描いている。 はしばみ色の瞳は、光を受けると金色に輝く。 薄くピンクがかった白い肌。 彼女が歩くと振り返る男性の天使も多い。 ラフィの髪は背中ほどの長さで、白金で緩やかなウェーブ。 彼の柔らかな表情が相まって親しみやすい印象を強くしている。 瞳はグリーン。 癒しの天使らしい色である。 この2人とは行動を共にしても苦ではない。 むしろ心地良いと感じる時もある。 幼い頃から私は、他の天使達から距離を置かれていた。 どうやら、近寄り難い雰囲気を醸し出しているらしく、皆が遠巻きで私を見ているのだ。 私にとってそれが当たり前であり、特に不都合もなかった。 1人でいる方が気が楽だったのだ。 しかし、ブランカとラフィだけは違った。 2人は、1人でいる私に積極的に話しかけてきた。 気付けば、行動を共にする事が多くなっていたのだ。 「ラフィも、女性と子供に人気があるじゃないか。」 「う〜ん…良く分からないけどね。僕は誰にでも公平に接してるつもりだよ。」 この通り、ラフィは全く自覚がない。 彼は誰にでも優しい。 そして面倒見もいい。 その為、女性にあらぬ期待を抱かせてしまう時も多い。 私から見れば罪深い。 彼に告白して、玉砕してきた天使を何人も見ている。 「ラフィもサビィも極端なのよ。」 黙って話を聞いていたブランカが顔を上げて言った。 「ラフィは、優しすぎて気を持たせてしまうし、サビィは本当は優しいのに、壁を作って誰も寄せ付けない雰囲気だし…2人を足して2で割ると丁度良いのにね。」 ブランカは、楽しそうにコロコロと笑った。 その仕草が何とも言えず愛らしく、思わず目が釘付けとなった。 私らしかぬ感情に疑問が湧いたが、気のせいだと胸の奥に押し込めた。 ふと、ラフィを見ると慈しむような温かい目でブランカを見つめている。 私の胸の奥がチリチリと焦げるような痛みが走り、思わず胸を押さえた。 (この痛みは一体何だ?) 私は、今まで感じた事がない胸の痛みに少しだけ不安を抱いた。
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