序章

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「お前なら、河内(こうち)様の家でうまくやっていけるだろう。彰一(あきかず)君に大切にしてもらうんだぞ」  政雄は、毬江に声をかけると、部屋の隅に座る雪子のもとへやってきた。 「雪子、平塚(ひらつか)様にしっかりお仕えするんだぞ」  雪子の肩に手を置き、言い聞かせる。雪子は、この家で唯一、優しく接してくれた父を見上げると、微笑みながら、「はい」と答えた。  母が亡くなった後、雪子はわけがわからないままに、藤島家に引き取られた。母は愛人とはいえ、政雄に愛されていたようで、政雄は、その忘れ形見である雪子を、放っておけなかったらしい。 「喜代を本当の母と、毬江を本当の姉と思って、慕いなさい」  父はそう言ってくれたが、父の思いとは裏腹に、喜代も毬江も、政雄にばれないようにしながら、雪子をいじめ尽くした。 「平塚様から、お迎えが参りました」  執事がやって来て、雪子の嫁ぎ先から迎えが訪れたことを報告した。政雄が雪子の肩から手を離した。 「私は付いてはいけないが、一人で大丈夫だな?」 「はい、お父様」  雪子は立ち上がると、執事のもとへ歩み寄った。  部屋を出る際、振り返ると、父は既に毬江のそばへ戻り、喜代と共に、笑顔で娘と話していた。誰も、見送りの視線を送ってはこない。  雪子は「私は最後まで、この家の本当の家族になれなかったのだわ」と思った。  彼らに背中を向けると、雪子は藤島邸を後にした。
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