人工知能が最適な相手をお探しします

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人工知能が最適な相手をお探しします

「ご友人から、すでにお聞きかと思いますが」  テーブルの向こう側に座っているタイトなスーツ姿の女性が説明を始めた。少し薄暗い部屋には柑橘系のアロマの香りが漂っている。リラックスできるようにだろう。俺は「はあ」とだけ返答をした。 「タクヤさんで良かったですか?」  俺は「偽名ですが」と小さく返事をする。女性はその返答には特段の反応を示さず、話を進める。 「私たちが運営する人材マッチング会社は、AI、つまり人工知能を使って最適なお相手を探すサービスを提供しております。信頼を重視しており、利用者の紹介でしかお越しいただくことができません」  友人からここを紹介された。その友人は、最近、結婚したばかり。俺は、急いで結婚を考えているわけではない。  しかし、二十五歳になり仕事が落ち着いてきたので、結婚が頭によぎることが多くなっていた。 「プロフィールを詳細に書かされた気がするのですが、そこまで必要なのでしょうか?」  入会に際し、ネット経由で入力したプロフィール。身長、体重、学歴、職業、年収程度なら分かるのだが、それでは済まなかった。  好きなもの、嫌いなもの、過去の忘れられない経験、トラウマ、嬉しかったこと、楽しかったこと……。事情聴取のように生まれてから現在までを洗いざらい書かされた気分だった。 「会員様の情報を詳しくすれば、するほど、人工知能が最適なお相手を探しやすくなります。そのための入力となっております」  そのように説明されると、(うなず)くしかない。 「成立の確率が高いのには、人工知能以外に独自のシステムがあるからです」  女性はこう言ったあと「他言なされないようにお願いします」と付け加えた。 「そんなに特殊なんですか?」  怪しいと判断したら帰ろう。身を削ってまで結婚したいと思ってはいない。 「カップルが上手くいかない理由、何だと思いますか?」  眼鏡を右手で上げながら女性が俺の目を見つめる。話題の変更に多少戸惑いながら「性格の不一致ですかね」と適当な答えをした。 「その通り! 相手の内面がよく分かっていないからです。じゃあ、どうすれば上手くいくか。それは、相手の内面をあらかじめ、良く知るということです」 「それは、当然そうですが……」  俺はきな臭い印象を抱く。不信感を察したのか、女性は仏頂面を崩して笑みを作った。 「本日、すでにお相手が来られております」 「えっ、もうですか?」  説明だけだと思っていた俺は、素っ頓狂な声を上げてしまった。 「このあと、面会室でお会いしていただきます。そのシステムが特殊でして」  女性が軽く咳払いをして、説明を続けた。 「部屋は自動扉で仕切られております。お相手はその向こうです。部屋にお入りになったら椅子がありますので、お座りください」 「自動扉越しに、相手と話をするのですか?」  そのシステムのどこが特殊なのだろうか? 「先方が着席されたら、部屋の電灯が消えます。そのあと、自動扉が開きます」 「暗闇の中で話をするってことですか?」  これが女性のいう特殊なシステムだと俺は悟った。最近、暗闇の中でトレーニングするスポーツジムが流行っていると聞いたことがある。集中できるのだそうだ。同じ理屈だろう。 「双方の内面を知っていただくためのシステムです。暗闇では相手の声しか聞こえません。しかし、しばらくすると不思議なことに、相手の内面が分かるようになります。相手の声色、息遣いなどに集中するのがコツです」 「はあ……でも、最後まで明かりの下で話すことは出来ないってことですか?」  相手を決める要素として外見は重要な要素。暗闇の会話だけで決定できるはずがない。 「双方が合意したら、点灯することができます。しかし、いきなりはダメです。一時間の会話のあと、最終判断をして頂きます」  まずは内面を知り合う。それから、ご対面というわけだ。いきなり、いい人に会える気はしないが、話のネタとしては面白そうだ。 「あと会話に際して注意点がございます」 「自由に話しをしてはいけないのですか?」 「双方、個人情報に関わることを話してはいけません。最終的にマッチングが成立し無かった場合の対策です。片方だけが気に入って、ストーカーまがいの行為をした事例がありまして、そのようにさせて頂いてます」 「なるほど」  俺が追いかけることはないと思うが、相手の女性に一方的に気に入られるケースもあり得る。俺自身の所在が分かるようなことを言うのは避けたほうが良さそうだ。 「部屋に入る前に、無線のスイッチをお渡しします。それを押すとスタッフがお声がけします。押されない限りは、お二人の会話をスタッフがお聞きすることはありません」  女性はそういったあと、後日、トラブルになったときのために録音をしていることを告げた。 「では、部屋にお連れしますね」  ファイルを片手に女性が立ち上がった。
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