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殺したいほど憎くて、泣きたいほど愛しい人
仕事をして、ただ生きればいい。仕事が生きがい。
半分自分に言い聞かせていた鞠花に、「本当は愛される事を望んでいるのだろう?」と〝修吾〟といる事で気付かされた。
だからこそ鞠花は、本当に〝修吾〟には恩を感じていて、彼が本気で自分を愛してくれるなら、心から愛し返そうと思っていたのだ。
一度彼の前から姿をくらましていた間、鞠花は深く考えた。
最初こそこみ上げた怒りと憎しみで我を失いそうになったが、祥吾から距離を取り、両親の墓参りをし、仙台の祖父母も訪れ、沢山自分と向き合った。
『鞠花がどれだけその人を憎んでも、あの子たちは生き返らないよ』
祖父は寂しげに笑い、祖母も傷つきながらも今を生きる者として微笑む。
『鞠花がもしその人を許せるのなら、結婚したら? 許せないと思うなら、無理に結婚して一生苦しむ必要はない。忘れてしまいなさい。ただ、いつかお婆ちゃんたちに紹介してくれるなら、きちんと過去の事に頭を下げ、あの子たちのお墓に手を合わせてくれる人だといいね』
大切な自分の子供と嫁を失った祖父母がそう言うのなら、その通りだと思った。
鞠花はしばし仙台の病院で勤務し、祖父母にちょくちょく会って穏やかな日々を過ごした。
そののち祥吾が刺される事件が起き、心を決めたのだ。
(これもまた、運命なのかもしれない)
小さく息をついて目を開くと、ホテルと見まごうばかりの病院の個室が視界に入る。
自分の心の中にいた夜叉に一度別れを告げ、目の前にいる〝刺された祥吾〟を見た。
彼の今までの行いを思えば、刺されて当たり前だ。
因果応報なので、同情はしない。
彼を憎んでいた心の中の自分は、「ざまみろ」と思っている。
けれど彼が今後本当に悔い改めて生き直すなら、自分はその傍らに立って支え、手伝っていきたいと思った。
歪んで育ってしまった彼が自分の両親を足蹴にし、破滅に追い込む言葉を口にした。
その遺族が自分ならば、自分が彼をきちんと更生させるのが筋なのでは、と思う。
祥吾が自分に惚れた弱みにつけ込んで、彼を言いなりにさせるのは抵抗がある。
自分の中の〝正しさ〟だって、時には揺らぐ。
だが周囲の人と話し合って、二人で進んでいけたらと思う。
殺したいほど憎くて、泣きたいほど愛しい人だから――。
**
「鞠花、受け取ってほしい物があるんだ」
「何です?」
祥吾に言われ、そちらを見ると、彼は手を伸ばしてベッドサイドの引き出しを開けようとしていた。
手伝って引き出しを引くと、とある物が目に映り鞠花は胸を高鳴らせる。
「今のこの流れで渡すのが正解なのか、分からないけど……」
横になっていた紙袋には、セレブ御用達の高級ジュエリー店のロゴが描かれてあった。
(これ……)
言われなくても、鞠花はそれが何であるか察した。
祥吾は紙袋の中からリングケースを取り出す。
パカリと開けるタイプではなく、左右に開く独特の形だ。
その中から現れたのは、大粒のダイヤモンドが嵌まった婚約指輪だ。
外から差し込む冬の鈍い日差しに、透明な石が反射し、天井や壁に虹色の影を投げた。
「……結婚、してください」
鞠花の手を握り、祥吾が真摯に見つめてくる。
彼の瞳からは、邪悪な感情は消え去っていた。
「……はい」
――あなたの覚悟を、見せて。
頷いた鞠花の指に、何千万か分からない指輪が嵌められる。
――私も、この大きな石に見合うだけの覚悟を決める。
「退院したら、必ず鞠花との約束を守る。迷惑を掛けた人は大勢いるから、どれぐらい時間が掛かるか分からない。でもちゃんと謝罪して、そのあと鞠花ときちんと結婚したい」
「……はい。私もお付き合いしますね」
そう言うと、祥吾はキョトンと目を瞬かせた。
「え? だって……、君は関係ないじゃないか」
祥吾に向けて、鞠花はにっこり笑ってみせた。
「私はもう、祥吾さんの婚約者ですから。あなたの責任は、私も負います。二人で歩んでいきましょう」
「っ~~~~……っ」
目の前で祥吾の端正な顔がクシャリと歪む。
そして透明な涙が零れた。
(……綺麗)
彼の泣き顔を見て、鞠花は素直に思う。
そして彼を優しく抱き締め、囁いた。
「私たち二人が紡ぐ未来は、これから始まるんです」
**
年末に祥吾は退院し、そのあと鞠花は仙台からまた東京に居を移した。
引っ越し先は祥吾のマンションだ。
もともと鞠花が住んでいた場所からとても近いので、土地勘的な事で不便はない。
そのタイミングで祥吾の両親に紹介された。
「初めまして。西城鞠花と申します」
祥吾に買ってもらったシンプルで綺麗めのワンピースを着て、鞠花は彼の両親に丁寧な挨拶をした。
「まぁ……! 祥吾が選んだにしては、とってもきちんとしているお嬢さんじゃない」
「どこでこんないい人を見つけたんだ」
初めて会った祥吾の両親は、いかにも育ちのいいお金持ちのお嬢様が、そのまま大人になった母と、厳格で苦労人そうながらも、どこかお人好しそうな父だった。
彼らの好物を事前に聞いて、用意しておいた和菓子を煎茶と一緒に出すと、特に母は「気が利くわね」と褒めて好感を高めた。
そしてお茶菓子を食べて鞠花自身の話となった時、祥吾がまじめな表情で彼女の両親の事を語った。
さすがに二人とも青ざめて強張った表情をしていたが、鞠花が終始柔らかな雰囲気を崩さずにいたからか、恐る恐る窺ってくる。
「本当に祥吾の事を恨んでいないの? 私たちからも謝罪し、あなたには最大限のお詫びをしたいと思っています。……でもどうか、この子に復讐するのが目的なら……」
「母さん」
母の言葉を祥吾が制し、背筋を伸ばしてきっぱり言い放つ。
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