鳳祥吾

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鳳祥吾

 八月の終わり、彼は一人ぼんやりと海を眺めていた。  堤防に座り、ジーンズにTシャツという実にラフなスタイルで煙草を咥えている。  煙草は吸うというよりもただ咥えられているだけで、強い海風に紫煙が流され、先端はあっという間に白くなってポロポロと崩れていった。  いつもの彼なら「風の強い日は煙草がすぐ減って腹が立つ」と言っただろう。  けれど今の彼はそんな事も気にならないようで、最初の一口を吸ったあとはただ口に咥えているだけだった。  ザァン……と波が打ち寄せる音がし、青い海が日差しを反射して煌めく。  海鳥が鳴き、彼が何か美味しい物を持っていないか品定めをするように、ときおり低空飛行をする。  彼の視線の先にはサーファーたちがいて、サーフボードの上に乗っては波を操り、水中に落ち、またパドリングしていく。  それを見たいつもの彼なら「下手くそだな」ぐらいは毒づいただろうか。  だが今の彼は、目に映る光景に何の感情を持てないほどに放心していた。  どれだけ時間が経ったのか、目の前で空が燃えるほど赤くなり、ラベンダー色と紺色に支配されたあと、濃紺に変わってゆく。  煙草は、何本無意味に火を付けられ、消えていったか分からない。  暗闇に包まれたまま、彼はポツリと一人の女の名を呟いた。 「鞠花(まりか)……」  顎の先から滴ったのは、涙だったのだろうか――。 **  鳳祥吾(おおとりしょうご)は元は鳳財閥と呼ばれた巨大な財閥一族の末裔だ。  一八六〇年代には先祖が両替専用の商店から事業を始め、現在ではフィナンシャルグループや損害保険など金融業に力を入れている。  その中で祥吾は『かなえフィナンシャルグループ』にある大手銀行『かなえ銀行』の代表取締役社長を担っていた。  資本金は一兆五千億近くに及び、売上金は子会社の連結を含め三兆三千億に上る。  少し前に祖父が最前線から身を引いて会長となり、父が『かなえフィナンシャルグループ』の代表取締役社長を務めている。  現在祥吾は三十四歳で、男盛りだ。  キリリとした眉に二重の幅が広い目元、濃く長い睫毛に通った鼻筋、そして形のいい唇。  当たり前にモテるが、まだ決まった相手はいない。  両親が「生きているうちに孫を見せてほしい」と言っているのだが、祥吾は一人のほうが身軽でいいと、見合いの話が出るたびに用事をつけて拒絶していた。  両親の連れて来る女性は、大体見当が付く。  企業の社長令嬢、または由緒ある家柄の息女、どれも大人しくて聞き分けが良くて、恐ろしくつまらない女だ。  何でも「はい」と従順に返事をするのは、部下だけで十分だ。  かといって、自分に反抗する生意気な女が好きな訳でもない。  彼の母校の大学は、偏差値の高い有名校だ。  学生時代の女友達は、優秀でウィットに富んだ会話のできる面白い人たちだが、彼女らを妻や恋人にするとなると、御免被りたい。  結局のところ、彼は自分を気持ち良くさせてくれる存在が好きなのだ。  適度におだてて、甘えて嫉妬するフリをして、大事なところでは口を出さずしつこくしない。  その加減ができる女性は少ない。  八月の初め、『かなえ銀行』本社の社長室。 「(あずま)、あと何分」  チュプ……、と秘書の唇をついばみ、祥吾は問いかける。  彼の声に、プレジデントチェアの肘掛けに尻を乗せた秘書は、華奢な作りの腕時計に目をやった。 「十三分は余裕がございます」  ロングヘアを纏めた秘書は、少し落ちた口紅を気にしつつニッコリ笑う。  勿論、抜かりのない彼女の事だから、さらに二分ほどは自分の口紅を塗る時間として計算してあるのだろう。 「じゃあ、少しぐらいは楽しめるな」  祥吾は悪い笑みを浮かべ、椅子を回転させると秘書に向き直った。  彼女は心得ていると微笑んだあと、床の上に膝をついて祥吾のベルトを外す。  ホックとファスナーを外し、下着の隙間から彼の男性器を取り出すと、ピンクベージュのマニキュアを塗ったほっそりとした手を掛けた。  そして慣れた手つきでしごき始め、亀頭に舌を這わせる。  秘書が奉仕に勤しんでいる傍ら、祥吾はガラス張りになっている壁面から都心のビル群を見下ろした。 (つまらない)  何もかも順調で、誰も祥吾に文句を言わない。  仕事はきちんとこなし、業績も右肩上がりだから、両親も祖父母も祥吾に強く意見しない。  何より彼の一八〇センチメートル以上はある長身と、鍛えて上げた体躯を前にして、怯まずにもの申せる人は少ないだろう。  おまけに顔が良く、着ている物もすべて特注で、全身から発するオーラが一般人とは異なる。  女性なら少し微笑まれただけで勘違いし、男性なら一目祥吾を見ただけで雄としての敗北を直感するだろう。  巷で流行っている言葉を使うなら、祥吾は人生というゲームのチートプレイヤーだ。  鳳家に生まれた時点で、人生の七割は余裕でクリアできると決まったようなものだ。  幸い彼は良くも悪くも賢く、目上の存在にバレる悪事を働かなかった。  成績優秀で教師からの覚えも良く、周囲から賞賛されたまま学生時代を過ごし、実家の会社を継いだ。  側にいる女性が途絶えた事はなく、酒も強く美食家。  と言っても、酒も食事もある程度「良い」と呼ばれている物は口にしたので、もう何かに新鮮味を感じてはいないが。 「ん……っ、ん、んぅ、んー、……ぁ、んン……」  脚を広げた間で、美しい秘書が顔を前後させて一心不乱に祥吾の肉茎をしゃぶっている。  最終的に、色々な女性に手を出してセックスする事が、唯一飽きない趣味になっていた。  秘書の左手の薬指には、結婚指輪が嵌まっている。  だからこそ祥吾は彼女を第一秘書とし、このような関係になっても構わないと思っていた。  結婚しているのなら、度を超して自分を求めないだろうという安心感がある。  入社した時から彼女には目を掛け、結婚式にも出てスピーチをし、善人で毒のなさそうな夫との仲を祝福した。 (まさかあの〝真面目くん〟も、妻が会社で社長のナニをしゃぶってるなんて思ってないだろうな)  祥吾は色っぽい吐息をつき、秘書の髪が乱れない程度に彼女の頭を撫でる。 「東、そろそろ出す」 「ん……、ふぁい……」  東の口からチュポンと祥吾の一物が抜ける。  祥吾は立ち上がり、タイトスカートをたくし上げて膝を開き、しゃがんだ東を見て満足気に笑う。
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