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エピローグ
「おはよう。今日も良い朝だね」
梅雨明けした爽やかな早朝には、似つかわしくない暗い声が館に響く。
やわらかな陽射しを受け、夫人は窓際の椅子に腰を掛けて、ただただ一点を見つめていた。
自我を完全に失ったにも関わらず、入院することも、部屋に籠ることも、逃げることも許されずに、夫と二人、閉じ込められた空間の中にいる。
そっと抱きかかえられ、車椅子に乗ると、庭に咲く花々を見て回る。
午前中かけてゆっくりと一周すると、また、窓の外を眺めて、ぼんやりと過ごす。
夫人にとっては無意味、夫にとっては有意義な時間。
その時間を、ただ繰り返すだけの日々。
夫人の姿はまさに、空の青さに恋焦がれる釘打ちされた蝶、そのものだった。
傍らには、満足そうな笑みを浮かべて、舌なめずりをする白蛇がいるのが、常だった。
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