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しっかり休んだおかげで俺の体調は翌朝には回復していた。いつもより体が軽いほどに!
(迷惑かけちゃったけどこれで真斗様の手を煩わせなくて済むぞ!)
俺は看病してもらったお礼もちゃんと言えていないのだ。
今日から頑張る!、そんな風に喜んだのも束の間だった。
「まだ安静にしてろ」
ベッドの上で平熱まで下がった体温計を見せたのに真斗様は大変険しい顔をされる。
そんなに心配をかけてしまったのだろうか…。
あと三日は休めだなんて俺を甘やかそうとするし、あろうことか引き続き真斗様は俺を看病する気満々だった。
そんなことされたら俺の心臓が持ちません!
とても有難いのだけど、そんなに休んでも部屋でやることがない俺は我慢できなかった。
「ちょっと体を動かす程度にしますから、お願いします。どこも悪くないのに引きこもる方が俺の体には毒です」
「雪路」
「あ、す、すみません…!」
主人に気を遣ってもらってなんて失礼な物言いだ!?と気付いたのは発言してからだった。
それどころか俺は何を思っていた?図々しくも真斗様は俺に過保護なのでは??だの、無理して倒れた俺が悪いのにそんなことを考えるなんて…!
「真斗様、怒ってます…か?」
不安に駆られ真斗様の顔を見れば「納得がいかない!」と悔しそうな表情を見せたにも関わらず、どうしてか田中さんを呼びつけて雪路が無茶しないよう時々監視するよう言いつけたのだった。(家事はさせてもらえた)
さらに後日。
「雪路。この後少しいいか?」
「はい…!」
夕食が終わると俺は真斗様の部屋に呼ばれるようになっていた。
「そう緊張せず座れ。もう少しで田中が茶を持ってくる」
「あ、ありがとうございます」
ゆっくりとソファーに腰掛けると真斗様は俺の正面に座った。
(嬉しいな。…今日はどんなことを話してくれるのかな)
"気分転換にお前と世間話がしたい、二人っきりで"
最初声を掛けられたときは驚いたけれど一度体調を崩した俺がちゃんと鬼崎に馴染めているか気にしてくれたのだと思った。だから真斗様を安心させる、かつ退屈させないよう色々考えていたはずなのに岩のようにカチコチになってしまい会話どころじゃなかった……。
うっ、初日のことは今でも思い出したくないな…。
醜態を晒しても貴方は俺を許し、こうして時々自室へ招いてくださる。
それに今日は連日だ。真斗様だって夜はお忙しいはずなのに…俺を優先してくれるなんて……。
「いいことでもあったか?いつもより表情が明るいな」
「え。そう見えます、か…?」
「あぁ、以前よりずっといい」
俺もです…。
貴方の顔を見ていいと知って、貴方と会話をしていいと知って…胸が温かくなった。
家事も好きだけれど二人で過ごせる、今はこの時間が一番好きなんです。
「おいしい…」
田中さんが運んでくれた紅茶と呼ばれる異国の茶を片手にするのが開始の合図だ。
真斗様は好き嫌い以外にも職場でのことも教えてくれるようになり、俺は故郷のことや母さんのこと…母さんが死んで悲しかったことを真斗様に打ち明けるようになっていた。
「―――それと、車が多いのにも驚きました」
今日は改めて都会に来た時の感想を話してみたけど、あれもこれも珍しいと語る俺を田舎者だと馬鹿にすることなく純粋に微笑ましく思ってくださったようだ。紅茶をすすりながら相槌をくれた。
「そうか。ならば街に行ってみるといい。その様子だとお前が新たに得るものが多いだろ」
「あ…。えっと……正直行きたいと思ったことはありません」
「ん?何故だ。お前の外出を禁じた覚えはないぞ?」
どうしてかって理由はいくつかあった。
まず観光気分などという理由で外出するわけにはいかない。それと俺が外出する際は最低一人は付き人をつけると真斗様に言われていた。
俺の護衛のために誰かの手が止まってしまうなんて申し訳ない。それに……買えるものがないのに店を覗くなんて失礼だ。
「興味がないのか?」
「いえ!そういうわけでは…、きっと賑やかで素敵な場所だと思います」
「それなら尚のことだろ。付き人に気を使うなら、今度俺と一緒に行くか?」
「えっ!?」
――――なに、へっ!?
真斗様と一緒に外出!?
沸き立つ感情に思わずヘンな声がでてしまったけど、…… 、でもやはりダメだ…俺が真斗様の隣を歩くなんて…
「っ、すみません。お誘いは大変有り難いのですが」
「待て。その先を言うな」
「は、はい!」
「………まさか、俺の隣を歩くのが不安だとか言わないだろうな?」
「………」
「………はぁ」
ため息をつかないでください!貴方が俺のような冴えない男を連れ歩くなんて、真斗様が風評被害を受けかねない!
「難儀な奴だな?そんなに自らを卑下しなくともお前は可愛いだろ」
「かっ、かわいい!?」
「はぁ。いつになったら俺は俺の婚約者を自慢できる?」
………うぅっ。これだ…、俺みたいなのは一生誰にも自慢なんかしないでください…。
最近の真斗様は俺をさっきみたく可愛いとか愛らしいと称え、さらに謙虚さもお前の美徳だのとやたらと誉めてくるんだ。全力で俺が否定すればあからさまにムスッと機嫌が悪くなるので困ってしまう。
「もっと自分を誇れ。もしも思ったことや、やりたいことがあるなら遠慮せず言っていいんだぞ?」
「やりたいこと……」
それが思い浮かばない。
どんな苦境も受け入れて己の感情を飲み込むのが俺の……、そうあるべき姿だ。自分一人じゃ生きられない癖に主人に反抗したり、こうしたいだのと偉そうな発言をしたりするのは間違っている。
俺は左右に首を振った。
「雪路」
「…怖いんです。もし俺が選択肢を間違えてたら、どうしたらいいのか分かりません」
もしも真斗様や無関係な人を傷つけたりしたら?
それに期待に沿えず失望させるくらいなら最初っから何も言わず行動しない方がいいに決まってる…。
「俺は、ずっと真斗様の後ろがいいです。とても安心できるので…」
嘘じゃない。
真斗様の背中を見つめて歩くことを、俺は誇らしく思える。
(でも、これでいいんだろうか…?)
分からない。
こんなに近くにいても真斗様が俺に何を求めているのか分からなくて、胸が痛い。ぎゅっと着物裾をつかんでうつむいてしまった。
「不安ならば、俺を頼ればいいだろ」
不安な感情を払拭してくれる自信に満ちた声に自然と顔が上がる。
「後ろじゃなく、お前は隣にいろ」
……っ、それが方便でも構わない
どうしてこの人は、こんなにも俺に勇気をくれる言葉をくれるんだろ……。
* * *
それから真斗様の部屋を離れた後、俺は母さんの簪を握りしめたまま激しい後悔の海に沈んでいた。
あぁぁあぁっ、どうしよ!?真斗様からのお誘いを断ってしまった!!!
(……もう誘ってくれないかもしれない)
すごく嫌な気持ちになったに違いない…。
でも、真斗様の隣を歩けるような上等な着物だって持ち合わせてない。
金、着物、金、着物 の文字が脳内で交互に動き回る。
考えるんだ。それらを手に入れるために俺ができることは―――…?
「……あ!」
そうだった。お金がないならお金を稼げばいいだけじゃないか!?
その発想にようやく至ったのだった。
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