5.岐路

1/1
115人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

5.岐路

 検挙、補導されたグループのうち、高校生は実に17人に上っていた。文慧学園だけではなく、新宿近在の高校生が、SNS上での噂を聞きつけ、好奇心半分、憂さ晴らし半分に訪れていたのであった。  裏口から逃げたのは、文慧学園のOBで、モデル事務所を経営している矢口文昭と、その腰巾着で文慧学園高校2年普通科クラスの藤間雄星であった。  モデル事務所といっても大した仕事はなく、お零れ欲しさに、タレントやテレビ局のプロデューサーなどに遊び相手を斡旋していたりする様な汚れ仕事ばかりをしていた。  有名人も多く輩出している文慧学園だが、普通科の生徒の中には寄付金を積んで何とか在籍させてもらっている様な素行の悪い生徒も一定数いることがわかっていた。  スリルのある遊びへとエスカレートする中で、お手製のドラッグは闇サイトで爆発的に人気となった。組織化はされておらず、矢口と藤間がその時その時闇バイトで人数を募って場所の確保やいざという時の逃走経路を確保していたのだという。  ところが、文慧学園で亡くなった二人については知らぬ存ぜぬであった。  取調べを終えて書類起こしを引き受け、警視庁の6階、逸彦は7係の部屋の自分の机を資料で埋め尽くしていた。部下にやらせれば良いのだが、もう一度、彼らの証言を精査したかったのである。そうこうするうちに、疲れ果てた声で、状況を問う久紀からの電話が入った。 「へぇ、飛ばしスマホ使っていやがったか」 「ああ、小知恵が回るよ、まったく」  矢口と藤間は、移動クラブに関わる事は全て足のつかない飛ばしスマホで済ませ、その都度、新しく入手して古いスマホを破壊するという手の込み様であった。  電話で久紀に報告しながら、逸彦は手元に置かれてある書類に目を落としていた。文慧学園の警備記録だ。 「司法解剖の結果、あの二人は前日の夕方5時から6時の間に亡くなっていると解った。その時間、既に学園内は無人の筈で、警備員すら退勤している」  警備会社の施錠カードの記録では、美術の教師が最後、4時半には施錠しているのが分かっている。逸彦も記憶があるが、こうした学校関係の警備システムは、施錠も解錠も意外と面倒くさい。しかも、ここの学園の解錠には、各職員に配布されているキーカードの他に、8桁の認証コードの打ち込みが必要となる。 「その、最後に施錠したって言う美術教師は」 「死亡推定時刻には、新宿で飲んでる事を確認済みだ。これじゃ任意でも引っ張れない。一応、ウチの出世魚を交代で張り付かせているが、二人の死亡状況を考えても、時間差でどうこうすることはできないからな。錠剤を摂取してから然程時間はかかっていない筈だ。胃の中からは、まだ溶け切っていない錠剤の破片まで出てきている。それだけじゃない、鼻の粘膜にも成分が残っていたらしい」 「炙りまでさせたのか? 」 「炙りとは特定できていないが、監察医によると、かなり直接的に摂取したのは間違いないそうだ。或いは、そういう薬とは言わず、点鼻薬とか、香水の類とか……特に橋田由利香は、自分からそうした薬物を積極的に摂取するとは思えない。無理やり押さえつけられた時の掌痕が身体中に残っていた。矢口と藤間から取った掌痕と、大きさはほぼ一致した」  ふむ、と電話口で久紀も押し黙った。糸口が、掴めそうで掴めない、岐路の選択を間違えると出口を失う、そんな独特の勘を、二人は今共有している。 「で、どうする、逸彦警部補どの」 「今、校長が出し渋った防犯カメラの映像を調べている。消去したデータがあるとしても、ウチのサイバー課が死んでも復元してくれる」 「由利香と想太のスマホは」 「まだだ。もしかしたら二人と会っていたかもしれない美術教師のガサをかけたいんだが、アリバイがある以上、令状を請求できるだけのモノがない」 「こっちも、補導した文慧学園の連中をもう少し締め上げてみる」 「クレームが来ない程度にね」 「知るか」  ブチッと、遠慮もへったくれもなく通話は切れた。  捜査員達を一旦帰宅させた無人の部屋で、逸彦は一人、経緯をまとめたホワイトボードを眺めた。  何か肝心な事を見落としている気がする。  埋まっていない何かが、何なのか……。  そもそも、何故殺人班の自分達が関わることとなったのか……。  もやもやする頭を抱えていると、けたたましくスマホが鳴った。苛立ちを隠さぬまま出ると、相手は多岐絵だった。 「逸ちゃん……大丈夫? 」  第一声で、煮詰まっていると知れたようで、多岐絵はトーンを抑えて逸彦を気遣った。 「ごめん、仕事終わっているんだったら飲もうかと……それどころじゃないみたいね」 「いや、こっちこそ、ごめん……」 「気にしないで。今日さ、教え子が万引き犯と間違えられて、さっきまでスーパーで戦ってたのよ。失礼しちゃうでしょ、犯人は同じ学校の別の子。ただ制服が同じだったってだけで事務室連れて行かれて。たまたま私もそこで買い物してたから、びっくりして立ち会ったのよ。レシートとバッグの中の品物も合っているし、セルフレジ使っている画像もちゃんと残ってるの。それなのにすごい粘るのよ、酷くない? 」  だんだん多岐絵の声がエスカレートしてきた。ああ、これを俺にぶつけたくて飲みに誘ってきたんだなぁ、と逸彦は苦笑した。 「容疑は晴れたの? 」 「別の店員がちゃんと犯人連れてきたわよ。もぉ、モーレツに怒鳴り散らして副店長に土下座させたわよ。アタシの教え子に何て事してくれタァァ!!って」 「おっそろしい……」 「あっちが言うにはさ、教え子と同じ文慧学園の子が時々やらかすからつい、って言うんだけど、そんなの人間違いの言い訳には……」 「待った」  逸彦はスマホをスピーカーにした。 「何て言うスーパー? 」  新宿周辺の地図を広げ、逸彦は新宿駅に指を置いた。 「西新宿の丸星(まるせい)スーパー。電車乗る前に買い出ししちゃおうと思って」 「今、この辺で仕事してるっけ? 」 「言ったじゃん。西武新宿の駅ビルのカルチャーで2コマだけピアノ教えてるって。その子は教育学部志望だから、受験に備えて先月から通ってるの」  話を聞きながら、既に逸彦は地図上でスーパーの場所を確認していた。そして何人か、深海班でマークしていた生徒の顔写真をかき集め、コートを乱暴に掴んで走り出した。 「多岐絵、凄いよ、凄い!! やっぱり俺の女神だ! 」 「あ、何かいい感じっぽくなった? じゃ、今度奢ってね」 「なんでも、なんでも奢る!! 」  6階のエレベーターホールに着いたが、相変わらずエレベーターは来ない。  逸彦はコートを羽織り、階段を駆け下りた。  
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!