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咄嗟に肘を曲げて手を取り返そうとしたが、男の手はびくともせず返ってアンジェの身体が前のめりになる。
至近距離で目が合い、アンジェは息を呑んだ。恋人だった王太子とでさえ、これほど近い距離で見つめ合ったことなどない。悪女と言われようと、中身はまだ男女の色事も知らぬ初心な令嬢のままだった。
真っ黒な瞳に射抜かれて、思考回路まで覚束なくなる。そこへ低く艶のある声で囁かれる、甘やかな誘い。
「お前は、ここで幸せになれるのか」
その言葉に心臓がどくんと重い音を立てる。
王太子に見限られ義父も義兄も頼れない、孤立無援となった社交界でアンジェに手を差し出すものはいなかった。
足掻いてみたのだ、アンジェとて。だがそれを他人から明言されれば、自分の孤独を目の前に突きつけられたような気持ちになる。
息を詰めるアンジェに、ジルベルトは尚も囁いた。
「望むなら連れ出してやる。無条件とはいかないが」
それは、どういう?
慣れない距離感のまま目を逸らせないままでいたアンジェは、それでもどうにか思考力を取り戻す。
何せ、願ってもない言葉だった。
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